2004年06月14日 (月)
森と海辺を歩く旅【2】
〜ウエストコーストトレイルをゆく〜
6月半ば、待ち合わせ場所、バンクーバー島中心の町ビクトリアのバス停に、パンパンに膨れ上がった40リットルのザックを担いだみーちゃんが現れ、私たちは無事の再会を喜びました。
が、それもつかの間、彼女は
「そうだ!大変なの〜っ」
と素っ頓狂な声をあげるではないですか。
何事かと思いきや、彼女の靴、ガムテープでぐるぐる巻きになってるのです。
「実は、福岡の空港を出る直前にいきなり靴底がはがれちゃったの〜。もうしょうがないから、ガムテープで張り付けてきちゃった」
「うぎゃー、ほんとだ。でもさ、トレイルのど真ん中でそんなことにならなくて良かったじゃん。きっと神様の思し召しだよ。みーちゃん、守られてるんだよ」
私たちは、真っ先に靴の修理屋を探すべく、ビクトリアの町に飛び出しました。
バンクーバー島の南端に位置するビクトリアは、その名からも推測できるように、イギリスのどこかの町を思い出させるような落ち着いた建物が立ち並び、通りのあちらこちらには花が色鮮やかにあふれていました。6月の空も日差しもすっかり夏、ダウンタウンに面した港から望める海が明るく光っています。
あちこち尋ね歩いた結果、10年以上使い続けたイタリア製の登山靴は、ここでは直せないということが分かりました。愛着のある靴は、帰国後に改めてメーカーに修理を依頼することに決め、今回のトレイル用には新しい登山靴を購入することにしました。
町中にあるアウトドア・ショップに駆け込み、どんな靴がいいのか物色していると、若い男性店員が声をかけてくれ、色々とアドバイスをしてくれます。さすがはアウトドア大国カナダ!
ああでもない、こうでもないと靴の試し履きをするみーちゃんの側で、私はのんびりと待ちながら、店員さんとおしゃべり。
「実は私たち、これからウエスト・コースト・トレイルを歩きに行くの。それで、靴探しなの」
「そうなんだ、僕も数年前に行ったよ。6日間だったかな」
「トレイルはどうだった?大変だった?」
「うーん、そうだなあ、きついところもけっこうあったけど・・・。きっと楽しめると思うよ。ところで、バックパッキングの旅やハイキングはよくやるの?」
「あはは。実はあんまり。いつもはカヌーの旅が多いんだ。うーん、本格的には歩いてないけど、普段は家の裏山によく散歩に行くかな」
そう、私たちが行こうとしているウエスト・コースト・トレイルは、カナダ国内でもけっこうハードなトレイルとしても有名なのです。きっと心の中では、「このふたり大丈夫かな〜」と思っていたかもしれませんが、カナダ人の彼、「気をつけて。いい旅を!」と気持ちよく声援を送ってくれたのでした。
トレイルに出発するまでの3日間、ビクトリア郊外に住む友人の両親宅にお世話になりながら、私たちは足りない道具や食料を買いそろえたりと準備を進めながら過ごしました。
「そう言えば、熊よけで食料を木に吊すために細引き(ロープ)がいるね」
国立公園内のトレイルとは言っても、それは人間が勝手に決めた境界線、そこに住む動物たちに全く関係のない話です。当然ながら、森には熊やオオカミ、鹿やクーガー、鳥も含めてあらゆる野生動物が生きているのです。熊との接触を避ける、彼らが人間の元にゆけば食べ物が手に入ると学習させないためにも、キャンプ中の食料を木に吊しておくことは原則になっていました。
「あ〜、私ヒモ持ってるよ。これじゃだめかな〜?」
そう言ってみーちゃんが取り出してきたのは、新聞紙を縛ったり、チアガールのボンボンを作ったりするような青いビニール紐でした。
「まさか、あなた達、それを吊し紐に使うつもりじゃないでしょうね?」
そばで私たちのやり取りを聞いていたシャロンは、日本語が一切分からないはずなのに、娘を心配する母親同様勘が働くのか、なぜか会話の内容を理解しているのです。
私たちは思わず顔を見合わせ、それから含み笑いをしてるシャロンを見たら、もう3人とも吹き出さずにはいられませんでした。
「シャロン、心配しないで。明日、ちゃんと丈夫なロープ買いに行くから」
「You,girls.頼むわよ。何だか送り出すのが心配になってきちゃったわ」
そう言いつつ、シャロンはますますおかしそうに笑いながら、パッキングを続ける私たちにウインクをしていきました。
バックパッキングの旅はなかなかシビアです。当たり前だけど、背負って歩ける荷物には限界がある!ってことです。普段慣れ親しんでいるのが、カヌーの旅。キャンプで快適な折り畳みイスも、読みたい本も、食料も大まかだって、川の流れに乗ってカヌーが運んでくれる、そんな旅の思考を方向転換して、「いかに持たないか」、一重にこれに尽きるのです。
しかし、そんなことはよく分かっていても、すべてのパッキングを終えた私のザックは30キロ近く・・・。
どこぞやの本には、「背負う荷物の重量は、自分の体重の3分の1までが目安」と書いてありましたが、見なかったことにしました。重さの元凶となっていたカメラも三脚も、どうしても持って行きたかったのです。みーちゃんの40リットルのザックと私の90リットルのザック。並べると、親と子ほどの違いがある上、その重さで皆を唖然とさせたのですが、
「ほら、一旦背負って腰ベルトつけちゃうと、案外平気。大丈夫!あたし、これで頑張る。それに日に日に食料だって燃料だって減って軽くなっていくはずだし」
全く無知からくる怖いもの知らずで、私はこれで行くことに決めたのです。
あとでいったいどんな目に遭うのか、これっぽっちも考えませんでした。それを思い知るのは、それから数時間後のこと、なのでした。
6月17日の早朝、ビクトリアのダウンタウンから出るトレイル入り口行きのバスは、同じようにウエスト・コースト・トレイルを目指すハイカーのグループが数組乗り込んでいました。
7、8月のピーク時期前のため、バスはがらがらでしたが、みんなそれぞれの旅を控えて興奮しているのが分かります。初めて会う人同士も、あっと言う間に仲良くなって、バスの中には賑やかな会話と笑い声が満ちていました。
ビクトリアのダウンタウンを出て30分もしないうちに、ついさっきまで建物や店、家々に囲まれていたのがうそだったかのように、ハイウエイの両脇には人家がまばらになり、あとはひたすら緑が続くだけ。
しばしのおしゃべりの後、バスに揺られているうちに眠くなり、うつらうつらしていると、トレイル南端の入り口であるポート・レンフリューに到着しました。ビクトリアから車で2時間のドライブでした。
バスを降りると、目の前に建っている小さな木造作りのインフォメーション・センターの小屋からパークに勤める女性が出てきて、陽気な声をあげました。
「ハーイ、あとでセンターの中でオリエンテーションを始めるからよろしくね」
オリエンテーションを受ける前にトイレへダッシュすると、3つのトイレの並んだ建物は壁も扉も一面鮮やかにペイントされていて、思わずトイレに駆け込むのを我慢して、見入ってしまいました。
明るいブルーの海に白い波、そこを鯨が自由に泳ぎ回っているのです。
いよいよここから自分の足だけを頼りに、旅が始まります。