2004年02月11日 (水)

犬のキモチ 反省編

 昔、「反省する猿」が流行ったことがある。
あれはチーンとベルがなったらヨダレを垂れ流すパブロフの犬のようなもんで、本気で反省しているわけではない。
しかし、猿の話ではないけれど、実は犬だって反省したり謝罪したりするものなのだ。これはラフカイと暮らしてみて初めて知ったことである。
 
 私がラフカイと出会ったのはもう4年近く前で、当時彼女はまだ2歳半くらいだった。生後数週間で田中さんに貰われたラフカイは、その後日本に渡り、埼玉県入間市の古い借家に住んでいた。
 犬の性格にもよるが、やんちゃ盛りと言えば、だいたい1歳ころまでなのだろうと思う。だから、残念なことに、私はラフカイが一番激しかった時期を知らない。田中さんの話によると、ラフカイをひとり留守番させて仕事に出掛けていたあの頃はかなり驚きの連続だったらしい。家に帰り着いて、ラフカイの手厚い歓迎を受けた後、家の中を見回してみると、CDが囓られ、大切な本がボロボロに破け、挙げ句の果てには畳がほじくられて草むらのようになっていた、なんていうエピソードが山盛りあったのだ。
 確かに、彼の部屋のあちこちにその歴史とも言える傷が残っていた。お陰で、その借家を引き払うときは本当に大変だった。障子の桟の一部が消え、障子紙と襖は見事に破れ、壁には穴が開き、畳はボロボロだった。この状態では、敷金返金はおろか、絶対に修理費を請求されることは間違いなかった。なるべくお金を取り戻したかった私たちは、DIYのホームセンターへ走り、材料を調達して、自分たちで直せるところはすべて修理した。
引っ越し間際なのに、なぜかトンカチと鋸に、刷毛やヘラを握っていた。こうなると、引っ越しが目的なのか、リフォームが目的なのかさっぱり分からなくなったが、頑張った甲斐があって、敷金は5千円ほど戻ってきた。
 2000年の春、田中さんも私もそれぞれがカナダへ飛び立つ直前のことだった。

 そして、高尾の小屋へやって来たのが昨年の話。ラフカイは5歳半で、すっかり落ちついた大人の女になっていたから、昔のように悪戯で物を壊すようなことはなくなっていた。
私たちの都合で、ひとりでお留守番というのも日常茶飯事である。誰にも構ってもらえない時は、とにかく静かにお昼寝しているのだ。
 ところが、どういう訳か、ほんのたまーに私たちはラフカイの逆襲に遭う羽目になる。
外出から戻ると、私たちが小屋の扉を開ける前からラフカイは匂いか物音を察知して、入り口の内側にちょこんとお座りをして待っていることが多い。
 その日も、仕事帰りの私をラフカイは家の中で待っていたのだが、扉を開けてビックリした。入り口周辺が木くずだらけなのだ。もしや!と思って見てみると、案の定木の扉にはしっかりとラフカイの囓り後が残っている。
「ラ〜フカ〜イ、これはな〜にかな〜」
 ラフカイは両耳を横に倒し、やや頭を下げ、上目遣いに私を見ている。自分が犯した事の重大さを知り、「うわーん、怒られるちゃうよー」と潤んだ目をのぞかせている。
全く叱られるが分かってるのなら、最初からするなーっと言いたいところだが、きっと本人は衝動に任せて行動した挙げ句に、はたと自分の行為を振り返るのかもしれない。
正直、ラフカイの情けない表情を見ていると吹き出しそうになるのだが、それを堪えて、一応言うことは言っておかなければならない。
 私のひとしきりのお説教が終わると、ラフカイはどど〜んと飛びついて来た。前足を私の両肩に掛け、自分のおでこを私の胸元に押しつけてくるのだ。
 これがラフカイの「ごめんなさい」の印だった。
本当に自分が悪かった、と思うときにはこうして必ず謝ってくるのだ。素直なラフカイは本当にかわいい。たいていの場合は、こうして両者和解への道を歩んで、一件落着する。
 ところが、恐ろしいことに、犬も人間同様年を重ねると頑固者になることもある。
頑固というより、己の意志が明確になり、意見を曲げなくなるとでもいうのか。
時と場合によっては、私たちがいくら叱ったり、お説教を垂れようとも、「ふん」てな具合で、反抗期の子供のようでもある。ちょっと斜に構えた目つきで、しかも絶対に「ごめんなさい」をしない。
 けれど、案外事情を分析してみると、ラフカイの言い分も最もなこともあって、私たちもそれ以上は強く言えなかったりするのだ。おかしなものだが、ラフカイは1匹のペットではなく、1人の個の存在なのだ、と思う。
 反省し「ごめんなさい」をする素直なラフカイが私は好きだ。そして、それと同じくらい、自分の意見を持って人間と対等に渡り合うラフカイのことも大好きだ。

↑Top | 文:菊地千恵