2005年02月28日 (月)
ラフカイ妊娠!
2月も半ばを過ぎた頃、千恵と2人でラフカイを見つめながら、
「なんだかさぁ、この頃ラフカイ太ってきたんじゃない? ちょっとエサ減らしたほうがいいかな」
などと話しながら、ふとラフカイのお腹に目をやった。
「あれぇ、ラフカイのおっぱい、なんとなく膨らんでない?」
そういえば・・・いつもより、なんとなくプックリしているような。
「もしかして、赤ちゃんできてるのかも!」
2人で床に寝そべったラフカイのお腹をいじくり回してみたり、お乳が出ないかおっぱいをつまんでみたり、ウゥ〜っと唸っているラフカイの「検査」をはじめた。そうしてよくよく観察してみると、ただ「太った」ときとは体型がまったく違っていることが分かってきた。背中側から見ると、肩からお尻にかけてひょうたんのような形なのだ。エサの量も、それまでと変わらない量だし、裏山の散歩で運動もしてるし、いっつも放し飼いでウルフィーと戯れているから、そんなに急激に太るわけがない。
「こりゃ、赤ちゃんだよ、たぶん。やったぁ〜、やったね、ラフカイ、お母さんだぁ!」
かくして妊娠を確かめるべく、先週の土曜日(2月19日)、我が家から車で20分ほどのところにある動物病院へ行った。想像妊娠ってこともありうるから、やっぱり検査して確認しておいた方がいいと思った。過去にも何度か子作りをトライして、「あ、なんかおっぱい大きくなってない? お腹も膨らんできたような・・・」と、淡い期待に終わったことがあったから。でも、今回は見るからにホンモノ。動物病院に着き、診察台の上に載ったラフカイは、なんとなくおっとりした感じで(もともと大人しいが、今回は女らしくなってるような)、若い男先生の触診を受けていた。そして、なんと、昨今の動物病院はすごいですねぇ。人間同様、エコーがあるんですよ! 先生は、ラフカイのお腹にエコーを当てて、脇にある画面を眺める。ぼくと千恵も、はやる心を抑えて冷静に、先生と一緒に画面を見つめる。
「あ、いますねぇ。ほら、ここが背骨です。それから、これが心臓。鼓動してるのが分かるでしょ」(先生)
「うぁ〜、赤ちゃんだぁ! やっぱりできてたんだねぇ。よかったねぇ、ラフカイ!」(千恵)
「もうだいぶ大きくなってきてますね。赤ちゃんは元気ですよ。ほら、いまグルッと回転したでしょ。あ、こっちにもう一匹」
先生の説明を聞きながら、もうワクワクドキドキ。
「ところで、何匹いるんですか?」
「エコーだと、頭数までは分からないんです。反射で見てるから、手前に1匹いると、その奥にいるのは見えないから」
画面を見て、2匹は間違いなくいるのが分かった。あとは子犬が在る程度、あまり影響を受けないくらいまで成長する、妊娠50日過ぎくらいにレントゲンを撮れば、頭数が分かるという。その日は、エコー画像のプリントをもらい、それを証明書のように大事に握って家に帰った。

ラフカイのお腹のエコー画像
嬉しさと、母になったラフカイへの愛おしさと、もう7歳半を過ぎた高齢出産の心配と、いろんな気持ちを抱きながら、一緒に床に転がってラフカイに寄り添った。同時に頭の中には、ひとつの疑問。
「いったい父親は誰?」
となりには、生後まだ10ヶ月ほどの、まだまだやんちゃなウルフィーがいて、構ってほしくてぼくの足首や手首にかじりついていた。
「やっぱりお正月に、くっついちゃったときに出来たのかなぁ?」
父は十中八九、このウルフィーに間違いない。でも、人間で言ったら中学生くらい? で、ラフカイは50過ぎのオバサン。こりゃ、すごいカップルだ!
でも、父親に関しては、ひとつ心配の種がある。昨年末、大雪の大晦日、発情期のピークに入りつつあったラフカイが我が家から10キロ下の町まで、ウルフィーをお供に逃亡したことがあったのだ。そのときは、ウルフィーはまだ子供だったからなのかどうなのか分からないが、ラフカイの発情に対して「興奮」はしていなかった。ラフカイに乗っかろうとする素振りすら見せていなかった。だからこの逃亡のときは、ただラフカイ姉さんがお出かけするから一緒にテクテクついていっただけだった。または、まだ発情のピークの手前だったから、ウルフィーは反応していなかっただけかもしれない。分からない。
普段、ラフカイは、ぼくたちが家にいれば必ず家の周りにいる。以前、発情期のときにだけ何度か逃亡したときは、近所の年老いた雄犬のところにいた。今回も、たぶんその犬のところだろうと思って捜しに行ったがいなかった。結局、車で雪道を町へ向かって降りながら探していくと、途中途中の知り合いや商店などの人たちが、「下へ向かって2匹が歩いてたよ」と教えてくれた。挙げ句の果ては、駐在所のお巡りさんまで、2匹を見た誰かから通報を受け、捜索に向かっていた。この逃亡は、明らかにラフカイの発情が原因だった。
なぜそんな下界まで向かったのだろう? じつは、昨夏の発情期のとき、ぼくはラフカイのお相手をちょうど10キロほど行ったところに見つけ、2泊ほど預けたことがあったのだ。11歳になるハスキーだった。きっとラフカイは、その彼を想い出し、恋いこがれて雪にもめげず、ウルフィーというお供を連れて旅に出たのだ。そして、ラフカイの最終目撃地も、ちょうどそのハスキーの家周辺だった。結局、2匹は日暮れ前の夕方、車で探し回っていたぼくをよそに、テクテクと千恵の待つ家へと戻っていたのだった。
もしかすると、大晦日の逃亡のとき、旦那様に巡り会っていたのかもしれない。それが唯一、不安の種だ。だけどラフカイの赤ちゃんは、赤ちゃん。どんな子が生まれてこようと、それはまちがいなくラフカイから産み落とされる新たな命。命の輝きに変わりはない。それだけで、心から嬉しい。だってもう何年もトライしながら失敗を繰り返し、もうそろそろ高齢でダメかなと想いながらも、待ち続けてきたのだから。
ウルフィーは、正月にとうとう「興奮」した。ラフカイの発情がピークに達した。千葉にある僕の実家に2匹を連れて帰省していたときだった。千恵と2人で近所のインドカレー屋に行っていたら、
「お兄ちゃん、ラフカイとウルフィーがつながちゃった! ぜんぜん離れなくて、ラフカイ痛いみたいで、キャンキャン悲鳴上げてるよぉ! 早く帰ってきてぇ!」
と、家にいた弟から店に電話が入った。2匹は、実家に行った翌日からすでにお互い興奮状態で、ラフカイはウルフィーに誘いをかけていたから、別々の部屋に隔離していた。夜もクンクン啼いてうるさかった。カレー屋に行ったときも、別々にしていたのだが、ウルフィーは恋心にまかせて襖を突き破り、ラフカイに突進したのだった。それが今回、ラフカイが間違いなく繋がった最初の証拠だった。
それから、山里の我が家に帰ってからも、ラフカイとウルフィーは隣の畑で何度か繋がっては、キャンキャン悲鳴を上げていた。ぼくたちも、まさか生後8ヶ月ほどのウルフィーには、まだ交配能力はないだろうと思って、2匹を好きなままに放っておいた。この隣の畑での数回の繋がりも、ちゃんと目撃していた。ぼくたちの目が届いていなかったのは、大晦日の逃亡だけだったが、そのときウルフィーが興奮していなかったということは、たぶんラフカイにまだ準備ができてなかったということなんだろうと思う。
そうすると、つまり、父親はほぼ間違いなくウルフィーということになる。
なんと不思議な縁なのだろう。ぼくが1997年に、カナダ極北のマッケンジー川の畔のインディアンの村で生まれたばかりのラフカイをもらい受け、日本に連れ帰ってから7年以上。今まで何度もラフカイの子供を残したいと、交配にチャレンジしてはその度、不成功に終わっていたというのに。しかも、今回ラフカイの相手となり、奇跡的に子供ができたその相手のウルフィーは、昨夏、千恵がカナダ太平洋岸を旅していたときに、まるでぼくが7年半前にラフカイをもらったときと同じように、ある小さなインディアンの村で譲り受け、ともに旅をしてきたのだ。まるでラフカイのお腹の中の子供たちは、ここでこの瞬間、ラフカイとウルフィーが出会うタイミングを待ち続けていたかのようだ。すべては予定されていたのだろうか。糸は、はじめからつながっていたのだろうか。2匹の間に生まれた命は、その命に入った魂は、この時を待っていたのかもしれない。ぼくと千恵の欲求を超えたところで。それくらいの偶然が重なり、その偶然はあたかも必然であったかのように起こった。世界は不思議に満ちている、ぼくは、今回のラフカイの妊娠を見つめて、それをいちばん強く感じた。そして、世界はたしかな意図に満ちているのかもしれない。
とにかく、嬉しい。
毎日大きくなっていくラフカイのお腹を見つめるのが楽しい。
ラフカイは、日に日に散歩のときや、階段を上るときの動きが、ゆったりと慎重になってきている。表情は、益々、母の優しさをたたえ、おっとりとしてきた。
そんなラフカイが、どうしようもなく愛おしい。
感情をどう表現したらいいか分からなくて、とにかくラフカイに抱きついてなでまわす。
すると隣にウルフィーがやってきて、ベタッとくっついて寝そべり、ブーブーと文句を言う。
「お前は、もうすぐ父ちゃんになるんだぞ! しっかりしろ!」
ま、まだ10ヶ月の子供だから仕方ない。ウルフィーのそんな仕草も、可愛くてしょうがない。
甘えん坊のウルフィーが、我が子を見たとき、どんな反応をするのか今から楽しみだ。
ちょっと報告が遅くなってしまいましたが、これからラフカイの出産まで、そして子育ての様子を、この「ラフカイ日記」で、こまめに伝えていきたいと思っています。みなさんも、どうかラフカイの安産をお祈り下さいませ!
↑Top | 文:田中勝之