2005年03月09日 (水)
産むちから、生まれるいのち
ラフカイが子犬を産んだ。本当のお母さんになったのだ。
この2日間、怒濤のように「おめでとう」メールが届く。子犬たちの新しい誕生を一緒に喜んでくれる友人のみんなに、心から感謝しています。
本当にありがとう。
こうしてラフカイ日記を書いている私の後ろからはしきりに、生後2日目の子犬たちが「こくこく」とお乳を吸う音や「クインクイン」と泣く声が聞こえてくる。
子犬たちが出す音って、人間の赤ちゃんのそれとよく似ていると思う。
ラフカイ母さんと子供たちをうまく表現する言葉が出てこなくて、やっぱり切ないほどかわいいなあとしか言えないのが口惜しい。
ラフカイの出産の経過は、田中さんが書いた出産記に詳しく出ている通り。
月曜日の朝は晴れ上がった青空が素晴らしく美しい日だった。朝から落ち着きのなかったラフカイを小屋に残し、田中さん、ウルフィーとまだ雪の残る林道に散歩に出ると、体の内側から言いようのない、心くすぐられるような躍動が沸き起こったけれど、それが春を感じさせる気配のせいか、ラフカイの出産への期待からなのか、分からなかった。とにかく気分のいい日のスタートであることは間違いなかった。
散歩から帰ると、私たちはラフカイ出産特設ベッドに、前の週に摘んでおいた檜の葉っぱを敷き詰めた。お産が近い、と感じたからだ。
2月の半ば、動物病院でエコーの検査を受け、妊娠を確認した後、先生からとても丁寧に様々なアドバイスを受けた。
ラフカイは8歳に近い。人間で言えば、40代後半の超高齢出産な上、初産である。
大型犬の場合、確率的にはほぼ自力での自然分娩で問題がないそうだが、年齢が上がっていると骨盤が開きにくくなる、赤ちゃんが産道につまる、などという可能性もなきにしもあらずという。万が一には帝王切開の可能性もあり、ということだ。
妊娠後50日を過ぎたあたりで、一応レントゲンを撮って、頭数や大きさを確認しておくと良いかもしれませんね、という先生の話を聞き、3月初めにでももう一度来院しようかと私達は考えながら、ラフカイ妊娠の嬉しいニュースを抱えて帰宅したのだった。
でも、本当にレントゲンて必要なのかなあ、と心のどこかで感じていた違和感。
そこにひとつの光と方向性を与えてくれたのが、ラフカイの妊娠が分かった直後、友人が計らずも貸してくれた1冊の本だった。
掲示板でも一度お勧め本として書き込みをしたけれど、著者は愛知県岡崎市で産婦人科医院の院長をしている吉村先生という方だ。吉村先生は、何十年にも渡って、妊婦さんに自然分娩をすすめてこられた。描かれているのは、この先生が2万例というお産に立ち会う中で得られた哲学と美学であり、先生が常に抱いているいのちの誕生という神秘に対する絶えざる敬意である。
私は妊娠も出産の経験もないから、お産と言えば陣痛という激しい痛みを伴い、子供が生まれてくる、くらいのイメージしかもっていなかった。家の座敷でお産婆さんが赤ん坊を取り上げた、山で仕事をしている最中に急に産気づいて木にしがみついたままひとりで産み落とした、などという話を聞くと、昔の女性はすごかった〜と感嘆の念に圧倒される。
だって、私が生まれた時代も含め、今は病院で出産することが当然になっているからだ。
けれど、お産という行為のほとんどが医療の現場で行われる、というのはほんの数十年に満たない、特殊な時代だと先生は言う。古今東西、何千年に渡って、女性は自力で、または身近な人の助けの元に、いのちを産みだしてきたのだから。
「お産は、人間に残された最後の自然です」という先生の言葉に、目の前のラフカイの姿を思った。そして、ラフカイや私たち人間をも含めた動物たちはやっぱり自然の一部なのだと思う。
私たちがエコーの検査でラフカイの妊娠を知るよりもずっと前から、ラフカイは自分の内に生命が宿っていることを本能的に知っていたのだと思う。
車に乗ることを嫌がったり、階段の上り下りが慎重になっていたことなど、今になってみれば思い当たることは多々ある。彼女は言われなくとも、体の声に耳を傾けていたのだ。
私はレントゲンを撮るのはやめようと思った。
何事も先回りして、保険をかける行為は今の世の常だ。
年齢は高くなってはいるけれど、健康状態もいい。私達人間があれこれいらぬお節介をしなくとも、ラフカイは自分に必要な身のほどこし方を知っているはず、彼女の力を信じようと思った。
けれど、もし、どうしても手助けが必要になったら、その時にすかさず差し出せる手だけはいつでも添えておきたい。
ラフカイに一番必要なのは、誰にも邪魔されることなく、リラックスできる環境だと思った私たちは、出産に備えて特別ベッドを作った。木枠の寝床に竹の柱を立てた様は、天蓋つきの女王様ベッドのようでもあり、分厚い布地ですっぽりと覆い被せてしまえば、巣穴のようにも見えた。ラフカイはこのベッドがすこぶる気に入った様子で、小屋にいるときは、ほとんどこの専用寝床で時間を過ごしていた。しょっちゅう登り下りしていたはずの2階には全く姿を現さなくなった。面白いことに、ウルフィーもその辺はしっかり心得ているみたいで、ラフカイのねぐらに入り込むことは一度たりともなかった。
そして、月曜日はやってきた。
昨年のカナダの旅以来、起こる出来事は人の意志や願い、夢などと深く結びついているように感じている。週明けの平日、普段ならば田中さんは間違いなく都内の事務所に出勤しているはずだったが、その日はちょうど午後から来客の予定があったため、彼も在宅していたのだ。ふたりでラフカイのお産に立ち会えた、ということは、計らったかの如く、なるべくしてなったのだと私は思っている。
お昼ころから、陣痛による痛みを感じるのか、ラフカイは時折苦しそうなあえぎ声を上げ、それが落ち着くと荒い呼吸が続く。寄せては返す波のように、ラフカイの声が繰り返されていた。
12時半に受けた友人からの電話に対応した後、ふっとふたりでベッドをのぞきこむや、仰天した。だって、そこにはしっとりと濡れた黒い塊が檜の葉っぱの上でうごめいていたから。
予想させるすきすら与えぬ間に、ラフカイはひとつのいのちを産み落としていた。
「よく生まれてきたね」と言わんばかりに、ラフカイが丁寧に丁寧に子犬の体を舐め続る、その様子に私は涙がこぼれた。
「ラフカイ、えらかったね」
田中さんと私は抱き合って喜んでいた。
20分ほどの時が流れ、新しい世界に子犬が少し馴染んできたころ、ラフカイのお尻からはもうひとつの黒い頭が見えてきた。間もなく、ラフカイのいきみとともに、もう一頭がこの世に生まれ出てきた。ちっちゃな黒い体からは1本の長いへその緒が伸びていて、その先には子犬の体を同じくらいの大きさのグロテスクな塊が結びついていた。胎盤だろうかと思った数秒後、ラフカイがあっという間にその塊を食べ尽くし、へその緒も飲み込み、子犬の腹の上でぷちりとかみ切った。そして、緑に横たわる黒い2頭目は、その瞬間からエネルギーを吹き出すように、声をあげ、じたばたと動き回った。
それを見て、生まれたときから一頭一頭みんな違うんだね、と思う。
ラフカイのお産の姿は見事だった。
ラフカイに宿っているいのちを産み出すちから。
この世にきてくれた子犬たちのいのち。
胎盤を食べる生々しさも含めて、すべてが本当に美しいと感じた。
私たちが心配することは何もないと思った。
だから、2頭目のお産までを見せてくれてありがとうと言い、寝床の四方をすっぽり布で覆い隠した。
それから数時間後、ラフカイの周りには5匹の子犬たちが誕生していた。
ラフカイは大切なパートナーだ。そこには飼い主と飼い犬という関係以上のものがある。
私はときどき、自分自身がラフカイによって育てられていると感じる。
昨年の夏、ウルフィーに出会い、すっかり惚れ込み、彼を連れて旅を続けることを迷いなく決めることができたのは、ラフカイとともに暮らし、旅をした何年にも渡る日々があったからだ。
そして今。
彼女は、私たちの目の前で、いのちを産みだし、そこに惜しみなく与える深い愛情を見せてくれる。お母さんであるラフカイと、本能のまま彼女にしがみつく子犬たちの様子は言い尽くせないほど、幸せな光景である。
ラフカイの眼差しは温かい。優しさで満たされたラフカイの穏やかな内面に、自分の心の焦点が合うと、何だか泣けてきてしまうのだ。全く困ったもんだ・・・。
ラフカイは教えてくれる。
「犬が人間よりも野性の本能が強いから特別なんじゃないよ。人間だって、同じように自然にいのちを産み出すちからを持っているんだよ」
ただ忘れかけているだけだ・・・本当はみんな知ってるんだって。
ラフカイは言葉ではそんなこと一言も言わないけれど、私にはそう聞こえる気がするのだ。いつか自分の番がやってくる、そのときまで、深く自分のうちに根ざしていきそうな、ラフカイからのメッセージだ。
言葉はとても大切で便利だけど、すべてではない。
私に語りかけてくるのは、具体的な言葉ではなく、ラフカイの姿であり、在りようなのだと思う。
だから、この特別な今を共有させてくれて、本当にありがとう、と思う。