2004年02月16日 (月)

目指すは「カヌーで旅するおばば」

 久しぶりにテレビを見た。
我が家にはテレビがない。新聞も取っていないので、世の中の動きからは大分遅れをとっているかもしれないけれど、全くと言って不都合はない・・・気がする。
時々、友人知人に「アンタ、そんなことも知らなかったの!?」と馬鹿にされるくらいのもんで。

 話が逸れてゆく。肝心の話はテレビだった。
 実家に里帰りしていたある晩、たまたまNHK教育番組で放映されていた番組に夢中になった。アラスカを舞台にした90分のドキュメンタリー番組。主人公は、アラスカを愛した2人のアメリカ人女性、シリア・ハンターとジニー・ウッドだった。
 アラスカの大地とそこに生きる動物と人と暮らしを撮り続けた有名な写真家、星野道夫さんの著書にも度々登場していたことで、文章を通して彼女たちのことは少なからず知っていたけれど、実際に本人たちを目にするのは初めてである。
 番組は、ふたりの生い立ちからアラスカとの出会い、そして彼女たちの行動の軌跡をアラスカの風景を交え、ジニーのインタビューを織り込みながら、丁寧に描いていく。
 空の世界に憧れるジニーとシリアは、第二次世界大戦に空軍のパイロットになり、アメリカ本国の空を駆け回る。女性パイロット草分けの時代である。その後、大戦は終結し、職を失ったジニーとシリアに偶然にも舞い込んでくるのが、小型飛行機をアラスカへ運ぶ仕事だった。これが2人とアラスカの出会いの始まりとなる。
 アラスカが人々にとって未だ遠い地の果ての世界だった時代。冒険心と好奇心に満ちあふれた2人の女性は、アラスカの風景に心を奪われ、結局はこの地に移り住んでしまうのである。それからの彼女らの人生はそのままアラスカの歴史の一部だと言えるのかもしれない。アラスカの持つ原生の美を他の人達と分かち合いたい、とマッキンリー山の麓に自力で丸太小屋のロッジを建て、そして、やはり同じような思いを抱く仲間と共に、野性保護地や国立公園を作るために活動を起こしてゆく。圧巻なのは、当時アメリカ国家によって、密かに北極海沿岸で行われようとしていた核実験計画を、国家と戦い、最後の最後に阻んでしまう程の情熱とエネルギーである。
 一連の活動は、いわゆる自然保護運動と呼ばれる類のものだろう。
しかし、彼女らは言う。自分たちは最初から環境保護論者ではなかった、と。アラスカの自然に対する思いが結局がそういう形に変わっていっただけのことなのだろう。
単なる「環境のために」という上っ面の言葉でなく、行動の裏に存在するのは野性への確かな愛なのだと思う。だからこそ周りに魅力的な人物達が集まり、ジニーとシリアの言葉も行動も人を動かす力を持ち得たのではないのか。
 私が何よりも心惹かれるのは、ふたりが残した偉大な行動そのものよりも、ジニーとシリアの生きることへの姿勢である。こういう時代だから、女性だから、この年齢だから、言い訳は作ろうと思えばいくらでも言える。けれど、そんなことを突き抜けて、自分の信念に情熱を持ってゆく姿は潔かった。
 数年前にシリアは亡くなり、現在はジニーひとりが同じ丸太小屋に暮らす。彼女ももう80歳を越えている。番組の最後は、ジニーが長い間憧れ続けていた北極海に面した野性保護区への旅で締めくくられる。ジニーは友人女性とふたり、北極キツネに出会うために出掛けて行く。とは言っても、そこはアラスカである。小型飛行機から降ろされた2人が立つ大地は、周囲数百キロ野性の動物しか住まない場所なのだ。もちろん、宿があるはずはない。宿泊はテントである。夏とは言え、極北の容赦ない空はみぞれ混じりの雨を落とし、吹き付ける風は体感温度をますます下げる。その中で80をとうに越える女性がかじかむ手でポールを組み、テントを立て、キャンピングストーブで料理を作る。
その姿がとてもとても良かった。待ち続けたキツネに出会ったジニーが見せた子供のような笑顔が心に沁みた。人間、いくつになっても好きなことをやっていいのだな、やれるのだな、と思わせてくれる。
 2002年夏、田中さん、ラフカイと3人でマッケンジー河を旅した時に、河の上で出会った74歳のジョンのことを思い出していた。
「こんな長い川旅は初めてなんだよ」
そう言いながら、ニコニコ微笑むジョンはかわいらしくもあり、逞しくもあった。
 そう言えば、私は高校時代の頃まで、「将来の夢は」と聞かれると、
「早くおばあさんになって、のんびり縫い物をしたり、本を読んだりして暮らすのだ」
とかなり本気で答えていた。全く向上心ゼロである。
 今同じ質問を投げかけられたら。
「ババアになってもカヌー漕いだり、旅をしたり、死ぬまでやりたいことやって、ポックリいくもんね」
 向上心がないのには変わりないが、ちょっとはいい気がする。
 ジニーがツンドラの苔の上に腰掛けて、最後に言った言葉。
「別に原始生活に戻ろう、と言っているわけではないのです。でも、文明はあまりにも極端なスピードで発展し過ぎました。だから、ここら辺で少しスピードを落とし、本当に何が必要で何が大事なのかを考えてみるべきなのではないでしょうか」
 完璧な答えなどないのかもしれない。あまりにもたくさんの物があり、たくさんの選択肢に溢れているこの時代。簡単そうで、難しい。自分にとって何がいったい大事なのかを見つけることは。でも、少しずつでも探ってゆきたいと思う、自分なりの暮らし方、生き方を。久しぶりに見たテレビの中の、ジニーとシリアを眺めながら、そう思った。
 そして、やっぱり最終的には「カヌーで旅するおばば」。
「お前、いい年していい加減にしろー」
なんて言われようとも、物ともしないおばばを目指す、つもりである。


◆参考文献◆
『ノーザン・ライツ』 星野道夫著 新潮社

↑Top | 文:菊地千恵