2004年02月18日 (水)
三つ子の魂
うちのトイレは、ちょっと格好良く言うと「アウトハウス」である。
まあ、はっきり言ってしまえば、和式のボットン便所式のトイレ小屋なのだけど。
ここの住所は東京ではあるけれど、僻地で見放されているのだろう。八王子市の下水道計画も、家の集落から更に7キロほど町方面へ下ったところまでしか通さない、ということになっている。後は各々の家で浄化槽を入れるしかないのだ。
それはともかく、家のトイレは外にあるので、昼も夜も雨の日も雪の日も、当然の如く用を足したいときにはトイレへダッシュすることになる。
天気の良い日は良いけれど、雨降りしきる中、水はけの悪い庭に溜まった水たまりをピョンピョンと避けて行く状況は、家に居ながらにしてほぼキャンプ同様である。
そんなことはもう慣れっこなので、良しとしよう。
私がいつも羨ましく思うのは、男の人と犬の立ち小便なのだ。
小屋の裏だろうが、畑の隅であろうが、ちょいちょいと好きな場所を見つけて用を足す、アレである。
実は何を隠そう、私は小学校高学年まで「女の人も外で小便をするものだ」と思いこんでいた。実家で同居していた祖母は、昔教師をやっていたこともあり、結構口うるさく仕付にも厳しい人であったが、家の中にトイレがあるにも関わらず、なぜか小便だけは外に出てしていたのだった。田舎という環境もあるのだろうか、あの当時のじいさん、ばあさんにとっては結構当たり前のことだったのかもしれない。そして、その姿を見ながら育ってしまった私が、祖母の真似をするのは至極当然の成り行きなのである。
あの頃はもう着物ではなくスカートをはいて暮らしていた祖母は、必要な時にササッと台所の勝手口から外に出て、月桂樹の木の根元で用を足すのだった。しゃがんでからの一連の動作は非常に素早かった、と思う。私の行動もそっくりそのままである。だいたい外に慣れてしまうと、その気持ちよさで、わざわざ家の中のトイレに行こうという気は起こらないのである。
そうして、子供の私は家のトイレと野外トイレを使い分けながら、スクスクと成長していった。
ところが、小学校も高学年になる頃、いつものように外へ飛び出し、いざトイレと思う私は何やら不思議な気配を感じて、動きを止めた。
すると、ほんの数メートルのところに、同じ小学校に通う年上の少年が2人立っているではないか。実家の裏はすぐ海だったし、散歩にでも来たついでにふらりと立ち寄ったのかもしれなかった。が、そんな理由はどうでも良く、その場の私は頭にか〜っと血が上り、何やら適当にしゃべって、家の中に飛び込んでしまったのだ。その後のことはよく覚えていない。しかし、この出来事はいわゆる「恥じらい」というものを子供心に強烈に焼き付けることになった。この時は危ういところでズボンを脱ぎはしなかったけれど、どうやら外で用を足すということは危険である、という風に感じ始めるきっかけとなった。フツウの女の子であれば、もうとっくに気づいていても良いはずなのだが、私の場合その辺が大分鈍かったのかもしれない。
それからしばらくは、外でするときには「周囲確認」というのが鉄則となり、それも歳を重ねるうちに消滅し、すべての用は家の中でするようになっていった。
ところが、大学で探検部という怪しげなクラブに間違って足を踏み入れてから、再び本領を発揮するようになる。フィールドは山あり川あり海外ありで、キャンプ生活がほとんどだったから、トイレは問答無用で野外なのである。山や森や河原の人気のないところで、お尻を風にさらされながら用を足すのは最高に気持ち良いのだ。
こういうことは昔取った杵柄とは言えないか。しかし、子供のころ染みついた習性はしっかり残っていたのである。
そして、今。山に囲まれた家に暮らしながら、私は時々迷うのだ。
きちんとトイレ小屋まで行くべきか行かざるべきか。キャンプ生活で選択肢がないのならともかく、ここには一応トイレがあるのだし、と。
けれど、そんな私のくだらない迷いにはお構いなしで、田中さんもラフカイも相も変わらず桜の木の根元や畑でのびのびと立ち小便をしている。そんな姿が羨ましい。
全く、三つ子の魂とは恐ろしいものだと思う。どうせなら、もっとマシな魂が欲しかったとしみじみ思うがもう手遅れだろう。