2004年03月11日 (木)
春一番
今年初めての鶯が鳴いた。
目覚めて、開け放った窓からは、溢れるばかりの朝の光が差し込んでくる。
太陽は山の尾根上に高くて、その光の強さからも、季節がすっかり冬から春へと切り替わったことを感じる一日のはじまり。
きりりと身も心も引き締まる冬が好きでも、こんな陽気には思わず浮き浮き体が動き出してしまうのは、やっぱり動物の本能なのかな。
ふわふわと暖かな空気につられて、今朝は思い切って、マウンテンバイクで仕事にゆくことに決めてしまった。目的である町の中心街まで片道20キロの道のり。
春から秋にかけて、交通の足として、ラフカイとの散歩の道具として大活躍していたマウンテンバイクも、冬の声を聞くころからすっかり遠ざかり、軒下のフックに掛けられたまま土埃をかぶったままになっていた。
これでいきなり走ろうっていうのは、マウンテンバイクと自分の体にとって、穴蔵でぐっすり冬眠中の熊を突然叩き起こして、全力疾走させるようなものだと思うけれど、こんな日は逃せない。目覚めの春、なのだから。
私がせっせと朝ご飯をかき込んでいる間、田中さんはタイヤに空気を入れ、オイルまで注してくれているではないですか。毎度のことながら、ありがたきことなり。
しかし、その後には必ずお説教もついてくる。
「あまり細い裏道は通っちゃいけませんよ。例え、キレイな蝶が飛んでいたり、お花が咲いていても、『うわ〜!』などと言って余所見をしちゃあなりません。だいたいそうやって、ドガーンとどこかにぶつかったりするのがオチなんだからね」
お世話になっている弱みと、一部的を得ていることもあり、強気なことは言えない身分なので、ひとまず「ほいほい」と調子の良い返事をして、さっさと自転車に跨り出発する。
出てしまえば、後は野となれ山となれ、別に転んだっていいもんね〜という具合である。
醍醐川という名の沢と平行して走る道を、傾斜がくれる勢いに乗って、自転車はどんどんスピードを増していく。民家を数軒過ぎ、湧き水の滴る岩場脇を駆け抜け、さらに下にある集落を通り抜ける。道はつづら折りに続き、カープをひとつ曲がる度に、山の位置により景色は陰と陽を繰り返す。
風が私の体全体を包み込んでいた。その感覚が気持ち良かった。車とも歩きとも違う、自転車の良さは、コレなのだと思う。
太陽で暖められた大気に、沢がソッと吹き付けるひやりとした空気が混じり合う。
2キロほど下ると、道は陣馬街道につながり、空が開けた。山村の集落という雰囲気はここから町へ下りていくに連れ、田畑の広がる田舎の風景へと変わり、10キロ地点ではコンビニにドラッグストアが並び、自動車が絶えない大通りへとつながる。さらに10キロもゆけば、駅前にビルやデパートの建ち並ぶ人口56万の大都市の様相になるのだ。
我が家から町に向かうこの20キロの風景の変遷は、そっくりそのまま日本の縮図のようで、面白いなあと思う。
陣馬街道沿いの畑では、おっちゃんがトラクターを乗り回し、梅林には白い花々が満開に咲き乱れている。庭先の沈丁花が、自転車で切る風の中に匂い、黄色い水仙が一際目をひく。
大気が、幾重もの香りの層と生きもの気配で形作られていると感じるほど、春の風は濃厚で、あらゆる五感を刺激してくる。
自転車で走って良かった、と思った。いつものように車だったら、同じ道でも感じるものは10分の1もなかったかもしれない。
春一番の自転車乗りは、寒さで少々凝り固まっていた体と五感をパーンと目覚めさせてくれた。ありがとう、我がマウンテンバイク!また今年も一緒に走ろうね。