2004年03月12日 (金)

懐かしい夜

 夜、突然電話が鳴り響いた。手にした受話器の向こうから聞こえてくる声を一瞬で判断しかねて、頭の中が数秒の間、ポカンと空白になった。
 でも、その声はとても懐かしかった。ようやくのこと、声の主が大学時代の先輩であることに気づいて、私は嬉しさの余り素っ頓狂な声を上げてしまった。
 先輩であるYさんが中国に留学するらしい、ということは人伝で聞いていたので、電話口で聞いてみると、やはり出発は4日後と言う。そして、日本を出る前に一度我が家へ寄っていきたいという嬉しい知らせだった。
 大学時代に所属していた探検部。私はクラブ活動優先の日々を送っていたから、大学と専攻を聞かれる度に、本来の所属である外国語学部なぞ頭からすっかり抜け落ち、「獨協大学探検部です」と言ってはばからなかった。
山や川へ飛び出し、世界を自由に旅する人たち、良く言えば個性的、見たままで言えばアクが強い輩ばかりの集まりを作ったのが田中さん、Yさんはその同期であった。
 卒業後何年も、ほとんど会う機会がなかった。2年前の結婚式の時に駆けつけてくれた、その1度きりだった。
 電話を受け取った次の晩、田中さん、ラフカイとともに家から9キロ先のバス停まで迎えに行くと、Yさんは30リットルほどのザックと肩掛けバック一つで立っていた。2年前会ったとき、サラリーマン生活で少しふっくらしていた姿は、大学時代と変わらないくらいヒョロリとした体型に戻っていた。
「わ〜、久しぶりですね〜。痩せたんじゃないですか?」
「仕事やめてから、しばらく中国を旅してたら、いつの間にか痩せてたみたい」
余分な肉を落としただけ、というより、精神の部分で余計な垢を削ぎ落としたというような印象だった。すっきりとした表情だった。
 ジムニーの荷台に荷物を積みながら、ふと尋ねると、
「中国に半年語学留学するんだ。荷物はこれだけ」
そんな答えが返ってきた。えー、こんなに少ないのかと思うほど、身軽な旅立ちである。
 車に乗り込み、家路へ向かう。
走るにつれて、沢が現れ、人家が疎らになって、暗がりの中を山へ向かう様子に、Yさんは「おおっ」とひとり呟いている。
到着し、沢沿いの路肩に車を止めて外に出ると、Yさんは一層感動しているようで、思わず田中さんと私の内に悪戯心が沸いてきた。
「さあ、着いたよ。うちに入ろうか」とふたりで入りかけたのは、道路っぷちに建つトタン屋根と古ぼけた板でできた小さな掘っ立て小屋だった。これは我が家でも何でもなく、炭焼きの人たちが物置として使っている建物である。
「えええっ!」
唖然とするYさんの反応が可笑しくて、私たちは大爆笑した。それでようやく私たちに騙されていることに気づいたようだった。
「とんでもない所に来ちゃったと思って、焦っちゃったよ」
その言葉に、ますますお腹がよじれてしまった。
 夕食を一緒に囲んだ後、3人でお酒を飲んだ。
あの頃の先輩たちは貧乏学生ながら、なぜか夜通し手にしていたのはワイルド・ターキーやフォア・ローゼスなどのバーボンだったと思う。集合場所はいつも、6畳一間の田中邸である嶋根荘か、Yさんの住む4畳半の晴美荘だった。その風景が懐かしく蘇ってくる。
あれから何年も経って、田中さんは相変わらずバーボンのグラスを持ち、私も最近好きになったバーボンをチビチビと舐め、Yさんは奄美大島で新聞記者生活を送ってから定番になったという芋焼酎をストーブにかけていたヤカンのお湯で割った。
 学生時代(今もだけど)ガキンチョだった私は、先輩や仲間の口からこぼれる熱いやり取りを聞くばかり、色々なことを知りたくて、いろいろな所へ行ってみたくて、いつも先輩達の後ろをちょこまかと付いて回っていた気がする。そして、いつの間にやら自分で自由気ままに出掛けていくようになり、一人旅が好きになっていた。
 結局形は変わりつつも、旅は続き、今は東京の山里の小屋に住んでいる。もうそろそろ三十路に手が届きそうになって、例えば20歳のころには全く予想もしなかった生活をしているのだと思う。でも、人はきっと自分の心に正直に生きているものだから、今の暮らしも自然な流れの内にあるのだろうな。ぼんやりそんなことを考えていた。
 目の前に座るYさんは、大袈裟に多くの言葉を発する人ではないけれど、内側にヒシヒシと熱い思いを抱えている、そんな雰囲気は昔と変わらなかった。
大学卒業後、いくつかの新聞社に勤めてきたYさんの、現在の新聞業界に対する目は厳しい。彼は、単なる雇われ新聞記者として、形にばかり囚われ、安全パイでしか記事を書けない新聞のあり方に憤りを持っていた。
「いつか、フリーのジャーナリストとしてやっていきたいのですか」
そんな私の質問に、
「うん。そうなりたいと思ってる」
Yさんはゆっくりと、でもはっきりとそう答えた。
 サラリーマンとしての新聞記者をやめ、中国へ再び旅立とうしているYさんは、少しずつでもその夢へ近づいていこうとしているのだろうか。
 晴美荘の狭い4畳半の部屋には、黄ばんだ背表紙の書籍が並ぶ本棚があった。私なら目をそらしてしまうだろう、社会に潜む問題に真っ直ぐ向かっていく人のような気がしていた。何年も前に私が漠然と感じていたことは、あながち遠く外れている訳ではなかったんだな、と思った。
「いつまでも、熱い気持ちで何かを追い続けていきたいよな」
「そうだ、そうだ〜っ!」
私は興奮して、思わず大して飲めもしない酒をグビリと飲んだ。
 何だか、無性に嬉しかったのだ。
自分も周りの人も社会も変わり続ける。でも、そこにきっと変わらない何かがあるのではないか。その変わらないものは、決して過去へ向かう懐かしさではなく、ずっと未来へと続いてゆく懐かしさのように思えた夜だった。
 明くる日、先輩を駅の近くで見送った。
旅立ちを見送るより、見送られたい。そんな勝手な私にとっても、これはやっぱり嬉しい見送りである。けれど、私も無性に旅に出たくなってしまった。

↑Top | 文:菊地千恵