2004年04月02日 (金)

女心と旅の空

 旅先で出会ってから、もう長い付き合いになる男友達が何年も前にこんな事を言っていた。
「ちえぞうと付き合う男も、万が一結婚する男も大変だよなあ。
例えばさ、男がこう言うだろう。
『一緒に何処何処へ行こう』
『ううん。それより私は行きたいところがあるから、ちょっと一人で旅に出てくるわ。じゃあね〜』
って感じで、ちえぞうはあっという間にどこかへ飛び出して行きそうだよな。
俺は未来の旦那に同情するよ。
わはははは〜」
 全く失礼なヤツだ!と思っていたが、どうやら彼の分析は非常に鋭かったと最近認めざるを得ないような気がしてきた。

 昨年夏は久しぶりに長期の旅に出ることなく、日本の山里でひっそりと身を潜めて過ごした。
「今年の夏は、ツンドラを流れる川を下って、何度も見逃し続けた北極海まで行こう!」ラフカイ小屋(我が家の愛称)で飛び交っていたそんな熱いやり取りは、
「う〜ん、俺のほうは金銭的に厳しいかも。それに、今年こそ本気で本の執筆に取りかからないとなあ・・・」
つい最近発せられた田中氏の一言で、敢えなくこの企画は延期となってしまった。
 ここで、優しく思いやりのあるパートナーならば、きっとこんな風に言うのだろう。
「そうだね、それなら執筆に思い切り専念してよ。後のことは私に任せておいて!」
 しかし、どんなに間違ってもそんな台詞は私の口からは出てこないのだった。
その代わり、しばらくう〜んと考え込んでいた私が発した言葉は、
「よし、決めた!そんじゃあ、アタシは一人で旅に出るよ。田中さんはラフカイと一緒にお留守番だね。数ヶ月くらいで帰ってくるからさ」
 数年前の男友達の予言はほぼ的中している。

 「一人旅」と決めたなら、そのスタイルは一番身軽でシンプルなバックパックにしよう。テントと寝袋と身の回りの必需品だけをザック一つに詰め込んで、風の向くまま、足の向くまま、自由に歩き回ってみたいと思う。考えてみると、全くの一人の旅というのは本当に久しぶりである。カナダ北部に1年滞在していた2000年から2001年にかけても、そのうち10ヶ月近くはラフカイを連れていたから、犬連れ一人旅というより、犬であるラフカイに連れられていたような気もする。
 今回は純粋な一人旅。そして旅の矛先は、カナダの西側沿岸部からアラスカ南部にかけての太平洋岸に決めた。以前からずっと気になる、いつかは旅してみたい場所だった。
 夏でもカラリと乾いた陽気に、連なる山々、針葉樹の森、冬は長く厳しい国というのが、ロッキー山脈界隈に代表されるカナダのイメージだろうか。ところが、太平洋沿いに位置する大都市バンクーバー周辺に目を移すと、冬は曇天に雨続きで鬱屈した人間の自殺が増えるほど、その気候は温暖で降水量も多くなる。
 大陸西側と大小連なり洋上に浮かぶ島々のこうした気候を作り出すのは、太平洋を巡回する暖流とそこから生み出される雨。そして、その雨を受けて、巨大な木々が育つ。
レインフォレストと呼ばれる森である。
 これまではバンクーバー島に住む親しい友人を訪ねる度に、島の方々に足を伸ばしては森を歩いてみた。鬱蒼と湿った森、人間が数人抱えでも手が回らないような樹木、瑞々しい緑の苔。海と雨が作る森の気配は、屋久島のそれとも良く似ていた。
 今年の夏は、その苔生した森や海辺をひたすら自分の足で歩いてみようと思う。心惹かれる場所があったら、テントを借りの住処にして、しばらく過ごしてみてもいいな。シーカヤックで海へ漕ぎだし、ただただ水の上に漂ってみるのもいい。
 海に向かって暮らす先住民の人たちはいったいどんな暮らしをしているのだろう。
マッケンジーで過ごしたフィッシュキャンプのような生活、海辺のどこかに残っているとしたら、お邪魔してみたい。
 北はアラスカへと続く。でも、私の旅はいったいどこまで続くのか。
見知らぬどこかで、知らない誰かとの出会いが待っていてくれるのだろうか。
行ってみないと分からない、きっとそれが旅の良いところ、だから、また懲りずに旅へ出たくなるのかもしれない。

 旅は男のロマン、と誰が言ったか知らないが、失恋しなくとも女だって旅に出たい。
「悪い人がやって来たらどうしよう・・・」「クマ・・・怖いよ〜」
と時々おろおろしたり、一人を後悔したりしても、やっぱり旅の空で眠りたいと思う。
 旅立ちの夏の足音が、もうそろそろ聞こえてくる。

↑Top | 文:菊地千恵