2004年05月13日 (木)
森の銭湯
夕食を食べ終えて一息ついたところに電話が鳴った。
「五右衛門風呂沸かしたんですけど、良かったら入りませんか?」
やっほ〜っ!お風呂だ〜。
電話の主は友人の新井さんだ。
実は新井さんは先月から私たちのご近所さんである。
我が家から道路と沢を隔てた対岸の山の麓は、一部切り開かれて炭焼き場として利用されているのだが、その一角になかなか小ぎれいな作りの木造の小屋がある。
この炭焼き場と裏山一帯を所有している、うちの大家さんが、
「木造の小屋を君たちの友人で借りたいという人がいれば、貸したいんだけどね」
と突然言い出したのが、今年の春のこと。
木造の小屋は結構新しく、中は6畳の和室に8畳の板の間の台所、ちょっと掃除をすればすぐにでも使えそうなほど状態は良かった。和室の広い窓から見えるのは樹々と沢だけという贅沢ぶりなのだ。敷地は山に囲まれている。湧き水は沸いている。これを借りなくちゃ、大損というもの。最高の遊び場じゃないか。
私たちはすぐさま、興味を持ちそうな友人に声を掛けまくった。そうして集まったメンバー10人。みんなそれぞれ好き勝手な遊びをすることを夢見て、4月から小屋のレンタルが始まり、小屋は「森小屋(もりごや)」と名付けられた。
ほとんどのメンバーは週末や仕事休みの日にやって来るのだが、現在メンバーのひとり新井さんだけが常駐している。文筆業である新井さんは、しばらく森小屋に籠もって本を執筆する予定らしい。が、借りたての小屋は、週末の別荘やキャンプ気分にはぴったりでも、「住む」という点からするとまだまだ足りない部分が多い。ライフラインのうち、最初から揃っていたのは電気のみである。外に湧き水を引いた水道と流しはあるけれど、やっぱり小屋の中にも欲しい。となると、自分で引くしかないのである。
かくして、新井さんはひとまず鉛筆もパソコンも放り出し、塩ビパイプと鋸を握り、排水管を通すためにスコップで穴を掘るはめになるのだった。
日中散歩がてら炭焼き場へ行ってみると、新井さんは小屋の脇で水引きのために奮闘していた。小屋の中の台所を覗くと、流しにはピカピカの蛇口がついている。
「うお〜、すごい。やっと中で水も使えるようになったし、ガスもついたし」
「ええ、やっと落ち着いてきましたね。あと排水の部分なんかはもうちょっとなんですけどねえ」
こんな会話をしていながらも、そばにはデスクトップのパソコンがデンと居座り、リーチDSLで辛うじてインターネット常時接続である、というギャップが何とも不思議である。
前置きが長くなってしまったけれど、そんなわけで、陽が落ちてから対岸に目を向けると、大分茂ってきた沢沿いの木の合間からぼんやりと明かりが見えるようになったのは、つい最近のことだ。
隣人が増えるというのは何とも嬉しい。
そんなお隣さんからのお風呂の誘いはますます嬉しいのである。
炭焼き場には沢を見下ろせる場所に、昔ながら正真正銘釜で出来た五右衛門風呂がある。湧き水をパイプで引いてそれを沸かすのだ。明るいときに入ると、周囲の木立の緑が美しく、本当に気持ちが良い。しかし、夜に入るのは初めてで、ウキウキしてしまう。
「おっふろ、おっふろ、ごえもんぶろ〜」
田中さんと、洗面器にタオルと石鹸、お風呂場の明かりとりのためにアルコールランプを準備する。オーストラリア帰りの友人からもらった岩塩と、イタリア料理のトマトスープの缶を新井さんへのお風呂賃代わりに握りしめ、夜道を対岸へと向かった。
「なんだか銭湯にでも行くみたいで面白いね」
しかし、行く先は森の中である。
銭湯気分を盛り上げるために、靴下は脱ぎ捨て、素足にサンダルをつっかけて行く。
マグライトで足下を照らしながら、沢に架かる木橋を渡り、軽く傾斜のついた道を登っていくと、森小屋から漏れる明かりが見えてホッとする。
風呂場にガスランタンとアルコールランプをつけ、ぼんやりとした明かりの中で体を洗い、スノコ板を踏み外さないようにソッと足を乗せて、湯船に浸かった。
入る瞬間、釜の下の燃え残りの薪が香ばしい匂いを漂わせていた。
熱い湯に身を任せていると、ザァーザァーという沢の流れが、心なしかいつもより一段と響いているような気がした。
実家に住んでいたころ、今頃の季節、夜の闇の中外に出ると藤棚に満開の花が漆黒の中に白く浮かび上がり、そしてむせ返るほど香った。けれど、それが、夜に花がより強い匂いを発するからなのか、それとも暗がりで視覚を奪われているために、自分の嗅覚が敏感になっているためなのか、よく分からなくて、いつも不思議だった。
でも、やっぱり人間だって暗闇に置かれると、音や匂いに対して自然と敏感になるように思えるのだ。
気分が良くなり、鼻歌を歌いながら釜にもたれかかっていると、なんだか眠ってしまいそうになる。
夜中に風呂に入ったら、そのまま眠りこけてしまい、気が付いたら朝だったという友人の話をふと思い出してしまった。ここで、そんな真似をしたら洒落にならん。五右衛門風呂で眠る裸の女。それを発見する人のほうが気の毒だ。意味なく焦って目が覚める。
薪で沸かしたお湯でホカホカと温められた体を、夜風にさらし、少し涼んでから上がった。ああ、薪風呂はいいな。幸せになる。
新井さんが五右衛門風呂を沸かす。
我が家でサワラの木の薪風呂を沸かす。
沸かす度にお互い声掛け合って、風呂交換すれば、この幸せはもっと増えるのだ。
すごい。すごい。
ぴかぴか、さらさらになった私たちは、ラフカイと並んで、元来た夜道を帰る。
ちょっと「神田川」な夜。
歩いて行ける、森の銭湯に乾杯。