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  <title>東京山里暮らし</title>
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  <modified>2006-03-24T14:52:32Z</modified>
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  <copyright>Copyright (c) 2006, north</copyright>
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    <title>驚愕ウルフィー</title>
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    <modified>2006-03-24T14:52:32Z</modified>
    <issued>2006-03-24T23:52:32+09:00</issued>
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    <created>2006-03-24T14:52:32Z</created>
    <summary type="text/plain">今日の午後の出来事だった。突然、信じられない光景が眼に飛び込んできた・・・　ウルフィーが青空に浮かんでいたのだ。 いつも散歩に行く裏山に、ラフカイとウルフィーとテクテク登った。片道３０分ほどの急傾斜の尾根をゆくと、小高い山のてっぺんに付く。そこから少し斜面を西に下ると、隠れたところに梅林がある。ちょうど梅が満開で、ここ数日ぼくたちは真っ白な梅の花に包まれたこの一帯に行くのが日課になっていた。 近づくと、甘い梅の薫りが辺りに充満する。梅林に到着して、昨秋の落ち葉がこんもり積もった地面に腰をおろして、ゆったりと眼前の梅と遠い山々の稜線の風景を眺める。すかさずウルフィーは手頃な長さの折れた枝をくわえて、眼をキラキラさせながらぼくの前にやってきて尻尾をブンブンと振り回す。棒を投げてくれと催促しているのだ。その枝をポイとぼくの太ももの上に載せると、四肢を踏ん張って臨戦態勢に入る。そして、ぼくは枝をはるか遠くに放り投げる。ウルフィーは、弾丸のように下り斜面を飛んでいく。何度投げても疲れも見せず、拾っては持ってきて太ももにポイ、また投げては取って来てポイ！　ウルフィーの目の輝きは、たとえ百回これを繰り返しても変わらない。...</summary>
    <author>
      <name>north</name>
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      <email>north@tkh.att.ne.jp</email>
    </author>
    <dc:subject>遊</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>今日の午後の出来事だった。突然、信じられない光景が眼に飛び込んできた・・・　ウルフィーが青空に浮かんでいたのだ。</p>

<p>いつも散歩に行く裏山に、ラフカイとウルフィーとテクテク登った。片道３０分ほどの急傾斜の尾根をゆくと、小高い山のてっぺんに付く。そこから少し斜面を西に下ると、隠れたところに梅林がある。ちょうど梅が満開で、ここ数日ぼくたちは真っ白な梅の花に包まれたこの一帯に行くのが日課になっていた。</p>

<p>近づくと、甘い梅の薫りが辺りに充満する。梅林に到着して、昨秋の落ち葉がこんもり積もった地面に腰をおろして、ゆったりと眼前の梅と遠い山々の稜線の風景を眺める。すかさずウルフィーは手頃な長さの折れた枝をくわえて、眼をキラキラさせながらぼくの前にやってきて尻尾をブンブンと振り回す。棒を投げてくれと催促しているのだ。その枝をポイとぼくの太ももの上に載せると、四肢を踏ん張って臨戦態勢に入る。そして、ぼくは枝をはるか遠くに放り投げる。ウルフィーは、弾丸のように下り斜面を飛んでいく。何度投げても疲れも見せず、拾っては持ってきて太ももにポイ、また投げては取って来てポイ！　ウルフィーの目の輝きは、たとえ百回これを繰り返しても変わらない。</p>

<p>しかし、何度目だったか、投げた棒が梅の木の枝に引っかかってしまった。普通の犬なら、いつまでも地面を探し回って見つからなければ諦めるのだろうが、ウルフィーの棒への執着は尋常ではないから、たとえ一晩かかっても、投げた棒を捜索し続けるだろう。見つからなくて家に戻った日もあったが、そんなときは翌日同じ場所へ行くと、ちゃんと前日のことを覚えていて、どこからともなく同じ棒を見つけ出してきたこともよくあった。そんな強烈な執着心は、地面の捜索にとどまらず、そのうち樹上までをも探し始める。ウルフィーは、ちゃんと３次元を理解している犬なのだ。</p>

<p>そうして棒が引っかかっているらしき木を見つけ、前足を幹にかけて立ち上がり、樹上の捜索を開始した。立ち上がっては地面に降り、再び立ち上がっては風の匂いで棒のありかをさぐったりして、なんとか目標物を捉えようとしていた。その姿だけでもコミカルで、ぼくたちは声を立てて笑って見ていたのだけれど、突然、この世の出来事とは思えない光景が眼に飛び込んできた。</p>

<p>パッと大地を蹴ったウルフィーが宙に舞い、次の瞬間、その身体は梅の木の上にあった。そして枝をうまく伝って、樹上のウルフィーになっていたのだ。<br />
「ウルフィーが木に登ったぁ〜！」<br />
千恵が叫んだ。<br />
すかさずウルフィーは、さらにもうひとつジャンプし、棒が引っかかっているらしき枝に飛びついた・・・と思ったら、後ろ足が宙に浮いた。前足２本で梅の木に懸垂？？？<br />
「ガンバレ！　ウルフィー！　いいぞぉ〜！！！」<br />
３秒ほどぶら下がっていたウルフィーは、耐えきれずドサリと地面に落下したのだった。</p>

<p>千恵とぼくは、青空を背景に梅林の宙に舞ったウルフィーのその姿に驚嘆の声を上げ、そして腹をよじって大爆笑した。また一歩、ウルフィーが進化した春の散歩のひととき。もう犬とは呼べないかもしれない。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>１年ぶりの日記</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000085.html" />
    <modified>2006-02-22T20:39:56Z</modified>
    <issued>2006-02-23T05:39:56+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2006:/mt/yamazato//3.85</id>
    <created>2006-02-22T20:39:56Z</created>
    <summary type="text/plain">明け方近い午前５時、なぜか頭が冴えたまま。煙草を吸いに外に出ると、まだ暗い森の奥から１年ぶりのトラツグミの金属が擦れるような神秘的な鳴き声が響いてくる。毎年、春の訪れを知らせてくれる響き。真夜中過ぎにしか聞こえてこない、この音階がぼくはとっても好きだ。 トラツグミも１年ぶりだけど、そういえばこの日記も１年ぶり。ご無沙汰です。時折、「海外ですかぁ〜？」なんてメールをもらったり、「もう東京の山里から引っ越してしまったの？」なんて言われたりしながら、実はどこにも行かず「ここ」にいたのに日記も書かず、いろいろあってバタバタしながらものんびりしていて気が付いたら１年が過ぎていました。 そういえば、１年前のちょうど今頃はラフカイのお腹がポンポコに大きくなって子犬の出産間近だっだのでした。その子犬たちの近況を伝える「ラフカイ日記」も途中で子犬成長期がストップしたまま今になってしまいました。（どうも定期的に、地道にしっかりと更新するということ自体が、ぼくには不向きなのかもしれません）...</summary>
    <author>
      <name>north</name>
      <url>http://www.paddlenorth.com/</url>
      <email>north@tkh.att.ne.jp</email>
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    <dc:subject>暮</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>明け方近い午前５時、なぜか頭が冴えたまま。煙草を吸いに外に出ると、まだ暗い森の奥から１年ぶりのトラツグミの金属が擦れるような神秘的な鳴き声が響いてくる。毎年、春の訪れを知らせてくれる響き。真夜中過ぎにしか聞こえてこない、この音階がぼくはとっても好きだ。</p>

<p>トラツグミも１年ぶりだけど、そういえばこの日記も１年ぶり。ご無沙汰です。時折、「海外ですかぁ〜？」なんてメールをもらったり、「もう東京の山里から引っ越してしまったの？」なんて言われたりしながら、実はどこにも行かず「ここ」にいたのに日記も書かず、いろいろあってバタバタしながらものんびりしていて気が付いたら１年が過ぎていました。</p>

<p>そういえば、１年前のちょうど今頃はラフカイのお腹がポンポコに大きくなって子犬の出産間近だっだのでした。その子犬たちの近況を伝える「ラフカイ日記」も途中で子犬成長期がストップしたまま今になってしまいました。（どうも定期的に、地道にしっかりと更新するということ自体が、ぼくには不向きなのかもしれません）</p>

<p>その子犬たちも、その後５匹み〜んなスクスク育ち、昨年８月にはすべて新しい飼い主の元へと旅立っていったのです。南は西表島から北は青森の下北半島へと。そしてもうすぐ１歳の誕生日。飼い主と子犬たちだけで、久しぶりの再会大集合！　楽しみです。もうみんなラフカイやウルフィーと同じくらいになってるんだから、本当に犬の成長は早いものです。</p>

<p>昨日は１日、日中は１０℃を超えるポカポカ陽気。ラフカイとウルフィーと千恵と４人で、いつも行く裏山のてっぺんまでのんびり山を歩いてきました。シジュウカラたちも、綺麗な歌声でぼくたちを迎えてくれ、ここでも「あぁ、春だなぁ」。湿気った風も、肌にジンジン熱が伝わってくる太陽の光も、小さな芽を吹き出した木々たちの姿も、春のみなぎり始めたエネルギーを伝えてくれました。</p>

<p>尾根のてっぺんに行く途中、ぼくたちの仲良しの大きな１本のモミの木が、ドーンと空へ突き抜けるように大地からずっしり立っています。そこへ行くたびに、まん丸でがっしりの太い幹に両手を触れて挨拶します。「こんにちは、モミの木さん！　いつもありがとう！」</p>

<p>それから、先を勝手に突っ走って消えてゆくラフカイとウルフィーを追って、さらにさらに尾根を天へと登っていきます。立派なヤマザクラ、ちょっと曲がった赤松、花粉をぶっ飛ばす準備をしている元気いっぱいのスギとヒノキ、白い樹皮が綺麗なシラカシ、波打つ肌が美しいイヌシデなどなどの入り交じった森が、「また来てくれたね」と、ぼくたちを迎えてくれます。</p>

<p>みんなに挨拶しながら、尾根のてっぺんに着くと、まだこんもり地面に積もっている落ち葉の上に、でんと座って深呼吸。「みんないつもありがとう！」、ここでもいつも挨拶です。それから寝転がって、背中に大地を感じ、そして頬を撫でる風や、大きな空を身体いっぱいで実感します。</p>

<p>東の大地の精霊に、南の風の精霊に、西の水の精霊に、北の火の精霊に、ありがとう！<br />
母なる地球に、天なる父に、すべてのつながるものたちに、ありがとう！<br />
そうして、あらゆるもののつながりの中に、今こうして自分があることを知ります。<br />
そのとき、ぼくは幸せです。揺るぎない魂が、しっかりと真ん中にあることを感じることができます。<br />
ぼくは一部であり、またすべてである、そんな確かな想いに包み込まれていきます。</p>

<p>そうすると時々、森の木々たちとも、鳥たちとも、風とも、太陽とも、ラフカイやウルフィーとも、遠くにいる誰かとも、話ができることがあります。それは、言葉を超えた会話です。どんなに遠く離れたものたちとも、電話もインターネットもいらず、いつでも話ができてしまいます。<br />
なんてことを書くと、怪しい魔法使いのようですが、別に特別なことじゃありません。本当は誰でもできる簡単なことです。</p>

<p>昔の人たちは、みんな当たり前にやっていました。森を歩けば、動物に、木々に、石ころに話しかけ、どこへ行けば水が居るのか、どっちの方に獲物が待っていてくれるか、聞いていました。ほんのちょっと昔までは。ぼくも、ときどき、ほんのちょっとだけ、そんな時代の人たちの話し方を想い出すことがあるだけです。</p>

<p>耳をすませば、いつでも聞こえてきます。やさしく、暖かく、ささやきかけるたくさんの声が。みんなそうして、語り合いながら世界は息づいているんだと思います。</p>

<p>なんてことを、ふと想う夜明け前です。<br />
さあ今日は、どんなものたちと、どんな話ができるのか・・・愉しみです。</p>

<p>おやすみなさい。</p>]]>
      
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    <title>鍋の湯</title>
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    <modified>2005-02-09T09:38:30Z</modified>
    <issued>2005-02-09T18:38:30+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2005:/mt/yamazato//3.72</id>
    <created>2005-02-09T09:38:30Z</created>
    <summary type="text/plain">　最近、密やかな楽しみがある。 それは、大鍋一杯に沸かしたお湯で洗髪すること。 事の発端は、冬の寒さが厳しくなり、薪風呂をこまめに沸かす気力が萎えたころ、頭だけをどうしても洗いたくなってしまったからだった。...</summary>
    <author>
      <name>chiezo</name>
      <url>http://www.paddlenorth.com/</url>
      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
    </author>
    <dc:subject>暮</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　最近、密やかな楽しみがある。<br />
それは、大鍋一杯に沸かしたお湯で洗髪すること。<br />
事の発端は、冬の寒さが厳しくなり、薪風呂をこまめに沸かす気力が萎えたころ、頭だけをどうしても洗いたくなってしまったからだった。<br />
　その鍋の湯洗髪を思い付く前、もっと以前から気になりつつ実行までに至らなかったことがある。それは、市販のシャンプーの代わりにお酢を使って髪の毛を洗うという、どこかの美容師さんが実際お店で実践している方法である。<br />
　山の集落に住むようになってから、それまで余り考えることもなく、日常的に使っていたものが、「なんだ。実はいらなかったんだ」と気がついて、どんどん削ぎ落とされていった。下水道も浄化槽もない土地では、汚水は隣を流れる沢に流れ込んでいく。別に環境のためだから！という意気込みではなく、いつも傍を流れてくれるこの沢がきれいなままでいて欲しいなあという素朴な思いと、科学合成で作られたものよりも自然に近い素材でできたものを使うほうが断然気持ちがいい、という単純な理由から、台所や風呂場に置かれるものが少しずつ、気がつく頃には結構色んな部分が変わっていた。<br />
今の世の中、店に一歩入れば、台所、風呂にトイレに床用洗剤、それに加えて除菌殺菌なんとやらと目が回るほどの商品が陳列されていて、思考の単純な私は「そんなに必要なんかい？」と思ってしまう。身の回りは、なるべくシンプルでいるほうが気分がいい。<br />
かくして、我が家の掃除グッズはキッチン水回りを含め、場所を問わず、石鹸、お酢、重曹に薪ストーブから出る灰で済んでしまうことになった。歯磨き粉代わりに重曹を、洗濯には粉石鹸、風呂場に至ってはサワラの木製の浴槽を亀の子束子と水でごしごし洗うだけである。<br />
　ところが、その中で唯一断ち切れなかったのがシャンプーだった。<br />
いったいお酢だけで、どれほど洗えるものか、本当に快適なのか。何はともあれ実験して体感してから考えてみようと、鍋の湯洗髪を機に私は思い立った。しかし、ただお酢を使うのもあじけなく、ホワイトビネガーに乾燥ラベンダーをつけ込むと、瓶の中には淡いピンクのラベンダー香のお酢が出来上がった。<br />
　ある日、私は大鍋で沸かしたお湯を洗面器にたっぷり張ると、さじ一杯ほどのお酢を落として、ゴシゴシと頭を洗い始めた。しばらく頭皮を擦ると、両手の平についた脂のヌルヌルぶりとその量に私は仰天した。<br />
一般にシャンプーの洗浄力はとても強いため、それに対応して頭は一生懸命脂を出し続けるのだ、とお酢洗髪を勧める美容師さんは書いていたが、本当にそうかもしれないと思った。<br />
「私の頭皮よ、もうそんなに張り切って、脂を出さなくていいからね」<br />
そう思いながら、私はお湯を替え、頭をすすいで流した。お酢洗髪の良い所は、シャンプーのように、何度も何度も流す必要がないということだった。<br />
最後の残り湯でタオルを絞り、体まで拭き取ると、髪の毛と体だけでなく、気分まで清々しくなっていた。私はお酢洗髪がとても気に入ってしまったのだ。<br />
　一年カナダの北極圏に滞在していた冬、私は村から遠く離れた、大きな湖沿いのキャビンで過ごしていた。湖は凍り付き、どこまででも自由に歩くことが出来た。湖面に積もった新雪を集めて溶かし、飲み水を作り、湖の厚い氷を割ってくみ出した水は洗い物その他に使い回した。寒さと乾燥からあまり風呂に入りたいともシャワーを浴びたいとも思わなかったが、それでも時折頭を洗いたくなると、薪ストーブで沸かした湯で洗髪していた。<br />
無性に体を洗いたくなった時は一日がかりの仕事である。外で大きな焚き火を起こし、湖の水を汲み入れたドラム缶で大量の湯を沸かすと、キャビンの一角に天井から吊したビニールシートで囲いを作り、シャワー口をつけた水ポリタンクをぶら下げ、巨大な金ダライの中に立って、シャワーを浴びるのは最高の贅沢でもあり、楽しみでもあった。<br />
　それに比べれば、台所のガス台がある今はずっと便利で、すぐにお湯を沸かせることはささやかな幸せでもある。<br />
　風呂場で始めた洗髪は、段々と場所を変え、何時の間にやら部屋の片隅で行われるようになった。板の間にバスタオルを敷き、その上に洗面器を乗せる。<br />
幾度も鍋の湯洗髪を繰り返すうちに、このひとときがシャワーやシャンプーを使って頭を洗う時間とは全く別世界にあるということに気づいた。<br />
　それは「静」の時なのである。<br />
ゆっくりと髪の毛を洗いながら、自分の動きも取り巻く流れもとても静かでゆったりとしている。だから、私はその静けさにそっと耳を澄ませる。<br />
解放した窓から入り込んで、私の肌の上を走り抜けていく風の感触。<br />
岩の間を流れていく沢の音も、近づく春の気配に賑わい出した小鳥の声も、生き生きとした生命の音がひとつひとつ鮮明に私の中に届いてくる。<br />
　昨年亡くなった祖母は昔、とても長い髪を持っていて、普段はきりりと一つに結い上げていた。昔の人だから、やっぱりシャワーなどは使わずに、いつも洗面器の湯で髪を洗う。陽の差し込む奥座敷の鏡台の前で、丁寧に髪を梳いている祖母の姿のある風景は、小津安二郎監督の映画のワンシーンのように、静寂そのものである。私の記憶から音が欠如しているからではなく、日常生活に、人の在り方に静けさがあったためなのだろうと思う。<br />
　鍋の湯とお酢洗髪をきっかけに、そのことを再発見すると、何だか幸せな気持ちになった。その心静まる時が、私はとても好きだ。<br />
一日だって同じ日はなく、少しずつ変わりゆく季節や風を感じながら、頭を洗うのもいいではないか。<br />
　こうして、ひとまず我が家の風呂場からはシャンプー、リンスが姿を消し、未だお酢洗髪の効果実験中である。長い間シャンプーを使い続けた頭が健康な状態に戻るには、数ヶ月という期間が必要らしいが、幸い私の頭皮もようやく脂放出のスピードを落とし始めたようで、頭と髪の調子も決して悪くない。<br />
果てさて、これがいつまで続くのでしょうか。<br />
でも、鍋洗髪で手に入れた一時は、これからも手放したくないなあと思う。</p>]]>
      
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    <title>冬晴れの日、楢の木の下で</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000064.html" />
    <modified>2005-01-11T06:19:31Z</modified>
    <issued>2005-01-11T15:19:31+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2005:/mt/yamazato//3.64</id>
    <created>2005-01-11T06:19:31Z</created>
    <summary type="text/plain">　どうにもこうにも、うだつのあがらない日というのがある。 気持ちもやる気も地に落ちて吸い込まれていくようなのだ。 　なぜかこんな時だけ、普段は全く見ない自分のバイオリズムなぞをインターネットでチェックしてみる。すると、必ずと言ってよい程、身体、感情、知性とある３本の曲線のどれかがどん底まで落ちている。誕生日から機械的に打ち出されたリズムと自分の状態がなぜか一致している不思議さに、いつも笑ってしまう。...</summary>
    <author>
      <name>chiezo</name>
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      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
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    <dc:subject>暮</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　どうにもこうにも、うだつのあがらない日というのがある。<br />
気持ちもやる気も地に落ちて吸い込まれていくようなのだ。<br />
　なぜかこんな時だけ、普段は全く見ない自分のバイオリズムなぞをインターネットでチェックしてみる。すると、必ずと言ってよい程、身体、感情、知性とある３本の曲線のどれかがどん底まで落ちている。誕生日から機械的に打ち出されたリズムと自分の状態がなぜか一致している不思議さに、いつも笑ってしまう。<br />
　とは言え、低迷した自分のエネルギーを切り替えることはできず、ウダウダしてしまいそうな自分に叫び出しそうになって、私は留守番組のラフカイと連れだって裏山に登ることにした。<br />
　何も考えずに、ひたすら山道を歩く。<br />
　尾根の少し手前、南斜面に面したところに、根元の部分からちょうど両手一抱えの太さの幹が４本に分かれている楢の木がある。ある時から、この木は私のお気に入りの１本になっていた。<br />
少し火照った体で楢の木まで辿り着いた私は、４本の幹の間にできたお尻一個分の窪みに腰を下ろして、幹にもたれ掛かった。目を瞑ると、何とも言えない安心感が沸いてきた。<br />
　急に風が収まり、辺りがシーンと静まりかえる中で、地面に積もった枯葉がカサリコソリと小さな音を立てた。<br />
ジッと耳を澄ませていると、山の連なりの右奥のほうで、轟々と地響きにも似た音が鳴り響いていて、それはどんどん近づいてきた。ついさっき登ってきたばかりの谷間を強い風が通り抜け、私が座る尾根にも風は尻尾をちらりと見せて去って行った。<br />
またしばらくすると、西から風が生まれる音が聞こえてくる。轟々言っているのは、寄り集まった風のエネルギーだった。<br />
　お日様の光に照らされながら、ぼんやりしていると、何時か何処かで誰かが語ってくれた言葉が、記憶の引き出しからころりと転がり出て、声を掛けてくれる。それは不思議なほど、今の私に必要な台詞だったりする。<br />
　ああ、この感じは体が覚えているなあと思いながら、それをたどっていくと、小学生の頃、大好きで通い詰めた近所のおばさん家の庭の、銀杏の木だった。<br />
あの頃も、いつも気に入った木の枝の上で取り留めもない、でも幸せな時間を過ごしていたような気がする。あれから何年もの時が流れているのに、同じことをしている全然成長していない自分・・・。子供の時期に刷り込んでしまった記憶って本当に恐ろしい。<br />
　けれど、太陽と楢の木が、頭とお尻の両端からエネルギーを充電してくれたみたいに、いつの間にか体も心もすっきりしていた。<br />
　少し大袈裟に言えば、この楢の木は私にとってのひとつの聖地なのかもしれない。<br />
例え他の誰もが、周囲の樹々を見るのと同じように通り過ぎて行っても、私がその木を好きで大切だと思えば、それでいいのだ。<br />
　人はみんなそれぞれに、自分だけの聖地を、どこかの場所に、心のどこかに持っているのかなあと思う。<br />
　年が明けてから、近所の炭焼き場に集うおじさん達が「１月17日は山の神様の日」だと教えてくれた。<br />
今年は、日本酒片手に山の神様達にご挨拶しに行ってみようかなあと思い始めている。</p>]]>
      
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    <title>ご飯と木のいい関係</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000052.html" />
    <modified>2004-05-16T15:39:51Z</modified>
    <issued>2004-05-17T00:39:51+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2004:/mt/yamazato//3.52</id>
    <created>2004-05-16T15:39:51Z</created>
    <summary type="text/plain">　パンもパスタも蕎麦も旨いが、何のかんの言ってもご飯が一番！と思う私は、紛れもない日本人。だからこそ、ご飯は美味しく炊いて、それを心から「おいしいね〜」と言いながら食べたいと思う。 　昨年春、ふたりで暮らし始めたときの家財道具はとにかく少なかった。 家電から日用品に至るまで、同時期にタイミング良く一人暮らしから実家暮らしに切り替えた弟からのお下がり、実家のあちらこちらに使われずに仕舞われていたもの、新しい土地で知り合いになった方からの差し入れ等で賄われ、まさに貰い物拾い物人生という順調なスタートを切ったのだった。...</summary>
    <author>
      <name>chiezo</name>
      <url>http://www.paddlenorth.com/</url>
      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
    </author>
    <dc:subject>食</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>　パンもパスタも蕎麦も旨いが、何のかんの言ってもご飯が一番！と思う私は、紛れもない日本人。だからこそ、ご飯は美味しく炊いて、それを心から「おいしいね〜」と言いながら食べたいと思う。<br />
　昨年春、ふたりで暮らし始めたときの家財道具はとにかく少なかった。<br />
家電から日用品に至るまで、同時期にタイミング良く一人暮らしから実家暮らしに切り替えた弟からのお下がり、実家のあちらこちらに使われずに仕舞われていたもの、新しい土地で知り合いになった方からの差し入れ等で賄われ、まさに貰い物拾い物人生という順調なスタートを切ったのだった。<br />
　炊飯器も実家に転がっていたのを頂戴してきた。私の両親は、人間が食べる分とは別に飼い犬用に古米を炊いていたので、そのために購入したようだが、結局買ったきり使わず終いだったらしい。一応新品である。</p>

<p>　醍醐と呼ばれる山間の集落に越してきて、とかく幸せだったのは水がうまいということだった。近隣の家の多くが、自分の家の裏山や傍を流れる沢筋から直接パイプで水を引く、ということが当たり前な風景から、この地は本当に水が豊かなのだと分かる。<br />
この集落には、いわゆる市の管理する水道というものはきていない。各家の蛇口をひねるとこぼれ落ちる水は、集落から数キロほど上流に位置する枝沢を水源に簡易浄化した水で、集落が共同で引いているものだ。山を下り、森の間を流れてきた水にほとんど手を加えていないから、口当たりもやわらかく、甘みもある。<br />
　こんなおいしい水で米を炊けば、ご飯が美味しくならないはずがない、と喜びいっぱい意気込んでいた私は、炊飯器の中をのぞき込む度にがっくり肩を落とした。<br />
炊きあがったご飯に艶はなく、パサパサしているのだ。<br />
原因はまず炊飯器にあるようだった。今時の高級な炊飯器であれば、釜も厚手で圧力もかかってうまく炊けるのだろうが、何せワンこ用に使われるはずだった飯炊き器にそんな期待をしても無駄というもので、釜は薄っぺら。さらに拍車をかけるのは、ふたり暮らしで一度に炊く絶対量が少ないということだ。<br />
　しかし、ご飯をまずく炊くなんて、全く許せん。<br />
私は炊飯器に対して八つ当たりをして、「もう使わないもんね」と押入の隅に追いやってしまった。そして行き着く先は、やはり鍋とガスである。ふと考えてみると、キャンプ生活のときはすべて焚き火、旅先の日常生活でもガスや電気で鍋を使って飯を炊いていたのだから、それと全く同じではないか。慣れてしまえば大した手間ではないと思い出した私は、あっさり鍋派に転向した。<br />
　ステンレスの厚手鍋を使い始めた私は、蒸らし終えて、鍋の蓋の下から現れるぴかぴかつやつやのご飯が嬉しかった。ふたりのときは小さな鍋で、友達や訪問客のいるときは人数に合わせて、一回り、二回り大きな鍋で炊く。<br />
「御飯が美味しいね」<br />
そんな言葉に出会うと、ますます嬉しくなってニコニコ顔。<br />
そう、お米には、いい水が必要なんだよねって思う。<br />
　ところが、鍋で炊くご飯に満足しつつも、時折「うむむむむ」と私は頭を捻る。<br />
どんなにしゃもじでかき混ぜても、少し時間の経ったご飯は鍋の底で蒸れて固まる。<br />
例えば、酒飲みが集まったとき。まずは炊きあがった飯とおかずをしっかり食べて、それからお酒タイプの私は良いが、「飯は最後に」の友人にお茶碗を差し出す頃には、すっかりぼってり飯になってしまう。そんな時、いつも気になるはお櫃の存在だった。お櫃があれば、ご飯はもっと美味しくなるのかな、私の頭はぼんやり考えていた。</p>

<p>　最近ひょんなことから、川越に曲げ物、竹細工の専門店が有ることを知った。お店のご主人自らが、曲げのお櫃やセイロを作る職人であるようだった。<br />
　ある日、用があって入間方面に出掛ける際に、思い切ってそのお店まで足を伸ばしてみることにした。<br />
今回行って初めて知ったのだけれど、川越は小江戸とも呼ばれ、古い家屋や町並みが素敵な雰囲気溢れる町だった。商店街の並びの一角に、麻彦商店という目指す店はあった。<br />
こぢんまりとした店内には、竹や木を材にした台所用品、蕎麦打ち道具、篭類などが壁の棚びっしりと並び、天井からもぶら下がっているが、並びはすっきりしていた見易い。目移りして、軽い興奮状態に陥りそうになるのを押さえるように、まずはお櫃を探しに来たことを伝えると、とても感じの良さそうなご主人が満面の笑みで、商品を見せて説明してくれる。<br />
　桶のような形の江戸型と呼ばれるお櫃と異なり、ここのお櫃は曲げものである。薄い檜の板を湯で温めて、円上に曲げる。つなぎ目を桜の皮で編み上げたこの部分が胴になり、蓋と底板はサワラの板で出来ている。まん丸い形も、細かい部分の細工も素敵だ。<br />
これは個人的な好みなのだけれど、私は江戸型よりも柔らかな感じのする曲げの形が好きだ。それに、曲げのお櫃だったら、時々好きで握るおにぎりを入れておくのにもぴったりのような気がする。<br />
「私は、小さなお櫃をお昼のお弁当替わりに使ってご飯をつめて店に持ってくるんですよ」<br />
「へええ。ところで、お櫃って大切に使うとどのくらいもつんですか？」<br />
「けっこう長く使えますよ。お弁当替わりのお櫃だって、いつから使ってるんだっけね」<br />
ご主人は一緒に店番をされている奥さんに話を振る。<br />
「確か、昭和５５年くらいからだったと思います。毎日のように使ってますからね」<br />
「それじゃ、２５年近いですよね。すごいなあ」<br />
ああ、長く使えるものはいいなあと思う。<br />
隣の田中さんは「これがいいよ〜。これで決まりだ〜」と子供のようにはしゃいでいる。<br />
いつ友達が来ても大丈夫なように、いずれ家族が増えてもいいように（？）、私たちは５合サイズのお櫃を選んだ。<br />
　会計前に、お店の奥の部屋に重なり積まれた大型の飴色のセイロに目がとまり、尋ねてみると、それらはすべて修理のために持ち込まれた商品だと言う。<br />
「ほら、セイロってお祝い事とか記念の日にお赤飯炊いたりで、家族の思い出がいっぱい詰まってるじゃないですか。だから、みなさん捨てられないみたいで、なるべく直して使いたいって思うようですねえ」<br />
「もう何度も何度も修理を頼まれて、もうこれ以上直せないなあっていうものまで来るんですよね」<br />
そう言うご主人の表情を見ていると、手のかかる我が子が可愛くて仕方がないという感じで、愛情持って仕事をされているのがありありと分かって、いいなあと思う。<br />
あのセイロたちも、初めはきっと、私がこれから手にしようとしているお櫃と同じようい白木の肌色だったに違いない。それが暮らしの中で人の手に使われ、思い出とともに、色を重ねて今の姿になったのだ。作り手が見えること、壊れてもポイすることなく、直してもらいながら使い続けられることは大切だと思う。私もいつかきっとお世話になるのだろうなあ、と思ったら心が温かくなった。私は良い買い物をした以上に、何だか素敵なものを頂いたような気分になって帰宅した。</p>

<p>　明くる日、いつものように鍋で炊きあがったご飯をお櫃に移してみる。<br />
本当にご飯に変化はあるのだろうか。ドキドキして、心が躍る。<br />
ふたりで食卓について、そうっとのぞき込むように、蓋を開けてみた。湯気とともに、サワラの木が香る。<br />
「あっ、米粒が立ってる」<br />
「一粒一粒生きてるみたいだね」<br />
口に入れてみたら、それが尚一層よく分かる。お米の粒がそれぞれ自己主張してるみたい。いつものような余分な湿気はなくなって、その代わりに空気をたっぷり含んだようで、ほっこりほろほろする。<br />
「ああ、おいしいね」<br />
そんな言葉が素直に出てくる。<br />
　昔の人はすごいなあと思う。お釜で炊いたご飯をお櫃に移すのは、別にお釜をどすんと食卓に置くのが大変だったからではなく、木の器に一旦寝かせたご飯が一番おいしいことを知っていたから、なのだろう。日本のご先祖様たちは、そんなところにも繊細な感性を持っていたのに違いない。<br />
　三十路を目前にしてもなお、「ドスドス足音を立てて走らない！少しは気遣いってものをしなさ〜い。全く行動が荒っぽいんだから」と実家の母に代わって田中氏に毎日のように叱られる、そんながさつな私でも、丸みを帯びた柔らかい木のお櫃に触れるときは、なぜか少し優しい気持ちになって、そっと扱いたくなる。<br />
　ああ、神様。この先数十年は、このお櫃を壊さずに大切に使える私でありますように。<br />
我が家へ来るみんなとも美味しいご飯を一緒に食べられますように。</p>

<p><br />
<a href="http://www7.plala.or.jp/kawagoe-asahiko/index.htm" target="_blank">◆川越にある竹細工、曲げ物専門店「麻彦商店」のホームページ◆</a><br />
曲げ物の商品、興味のある方にはお勧めです！<br />
ご主人の矢島さんも奥様もとても素敵です。</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>森の銭湯</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000049.html" />
    <modified>2004-05-12T16:00:37Z</modified>
    <issued>2004-05-13T01:00:37+09:00</issued>
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    <created>2004-05-12T16:00:37Z</created>
    <summary type="text/plain">　夕食を食べ終えて一息ついたところに電話が鳴った。 「五右衛門風呂沸かしたんですけど、良かったら入りませんか？」 やっほ〜っ！お風呂だ〜。...</summary>
    <author>
      <name>chiezo</name>
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    <dc:subject>暮</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　夕食を食べ終えて一息ついたところに電話が鳴った。<br />
「五右衛門風呂沸かしたんですけど、良かったら入りませんか？」<br />
やっほ〜っ！お風呂だ〜。<br />
電話の主は友人の新井さんだ。<br />
　実は新井さんは先月から私たちのご近所さんである。<br />
我が家から道路と沢を隔てた対岸の山の麓は、一部切り開かれて炭焼き場として利用されているのだが、その一角になかなか小ぎれいな作りの木造の小屋がある。<br />
この炭焼き場と裏山一帯を所有している、うちの大家さんが、<br />
「木造の小屋を君たちの友人で借りたいという人がいれば、貸したいんだけどね」<br />
と突然言い出したのが、今年の春のこと。<br />
木造の小屋は結構新しく、中は６畳の和室に８畳の板の間の台所、ちょっと掃除をすればすぐにでも使えそうなほど状態は良かった。和室の広い窓から見えるのは樹々と沢だけという贅沢ぶりなのだ。敷地は山に囲まれている。湧き水は沸いている。これを借りなくちゃ、大損というもの。最高の遊び場じゃないか。<br />
私たちはすぐさま、興味を持ちそうな友人に声を掛けまくった。そうして集まったメンバー１０人。みんなそれぞれ好き勝手な遊びをすることを夢見て、４月から小屋のレンタルが始まり、小屋は「森小屋（もりごや）」と名付けられた。<br />
　ほとんどのメンバーは週末や仕事休みの日にやって来るのだが、現在メンバーのひとり新井さんだけが常駐している。文筆業である新井さんは、しばらく森小屋に籠もって本を執筆する予定らしい。が、借りたての小屋は、週末の別荘やキャンプ気分にはぴったりでも、「住む」という点からするとまだまだ足りない部分が多い。ライフラインのうち、最初から揃っていたのは電気のみである。外に湧き水を引いた水道と流しはあるけれど、やっぱり小屋の中にも欲しい。となると、自分で引くしかないのである。<br />
かくして、新井さんはひとまず鉛筆もパソコンも放り出し、塩ビパイプと鋸を握り、排水管を通すためにスコップで穴を掘るはめになるのだった。<br />
日中散歩がてら炭焼き場へ行ってみると、新井さんは小屋の脇で水引きのために奮闘していた。小屋の中の台所を覗くと、流しにはピカピカの蛇口がついている。<br />
「うお〜、すごい。やっと中で水も使えるようになったし、ガスもついたし」<br />
「ええ、やっと落ち着いてきましたね。あと排水の部分なんかはもうちょっとなんですけどねえ」<br />
こんな会話をしていながらも、そばにはデスクトップのパソコンがデンと居座り、リーチＤＳＬで辛うじてインターネット常時接続である、というギャップが何とも不思議である。<br />
　前置きが長くなってしまったけれど、そんなわけで、陽が落ちてから対岸に目を向けると、大分茂ってきた沢沿いの木の合間からぼんやりと明かりが見えるようになったのは、つい最近のことだ。<br />
隣人が増えるというのは何とも嬉しい。<br />
　そんなお隣さんからのお風呂の誘いはますます嬉しいのである。<br />
炭焼き場には沢を見下ろせる場所に、昔ながら正真正銘釜で出来た五右衛門風呂がある。湧き水をパイプで引いてそれを沸かすのだ。明るいときに入ると、周囲の木立の緑が美しく、本当に気持ちが良い。しかし、夜に入るのは初めてで、ウキウキしてしまう。<br />
「おっふろ、おっふろ、ごえもんぶろ〜」<br />
田中さんと、洗面器にタオルと石鹸、お風呂場の明かりとりのためにアルコールランプを準備する。オーストラリア帰りの友人からもらった岩塩と、イタリア料理のトマトスープの缶を新井さんへのお風呂賃代わりに握りしめ、夜道を対岸へと向かった。<br />
「なんだか銭湯にでも行くみたいで面白いね」<br />
しかし、行く先は森の中である。<br />
銭湯気分を盛り上げるために、靴下は脱ぎ捨て、素足にサンダルをつっかけて行く。<br />
マグライトで足下を照らしながら、沢に架かる木橋を渡り、軽く傾斜のついた道を登っていくと、森小屋から漏れる明かりが見えてホッとする。<br />
　風呂場にガスランタンとアルコールランプをつけ、ぼんやりとした明かりの中で体を洗い、スノコ板を踏み外さないようにソッと足を乗せて、湯船に浸かった。<br />
入る瞬間、釜の下の燃え残りの薪が香ばしい匂いを漂わせていた。<br />
熱い湯に身を任せていると、ザァーザァーという沢の流れが、心なしかいつもより一段と響いているような気がした。<br />
　実家に住んでいたころ、今頃の季節、夜の闇の中外に出ると藤棚に満開の花が漆黒の中に白く浮かび上がり、そしてむせ返るほど香った。けれど、それが、夜に花がより強い匂いを発するからなのか、それとも暗がりで視覚を奪われているために、自分の嗅覚が敏感になっているためなのか、よく分からなくて、いつも不思議だった。<br />
でも、やっぱり人間だって暗闇に置かれると、音や匂いに対して自然と敏感になるように思えるのだ。<br />
　気分が良くなり、鼻歌を歌いながら釜にもたれかかっていると、なんだか眠ってしまいそうになる。<br />
夜中に風呂に入ったら、そのまま眠りこけてしまい、気が付いたら朝だったという友人の話をふと思い出してしまった。ここで、そんな真似をしたら洒落にならん。五右衛門風呂で眠る裸の女。それを発見する人のほうが気の毒だ。意味なく焦って目が覚める。<br />
　薪で沸かしたお湯でホカホカと温められた体を、夜風にさらし、少し涼んでから上がった。ああ、薪風呂はいいな。幸せになる。<br />
　新井さんが五右衛門風呂を沸かす。<br />
我が家でサワラの木の薪風呂を沸かす。<br />
沸かす度にお互い声掛け合って、風呂交換すれば、この幸せはもっと増えるのだ。<br />
すごい。すごい。<br />
ぴかぴか、さらさらになった私たちは、ラフカイと並んで、元来た夜道を帰る。<br />
ちょっと「神田川」な夜。<br />
歩いて行ける、森の銭湯に乾杯。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>ミツバツツジ満開！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000048.html" />
    <modified>2004-04-13T14:51:36Z</modified>
    <issued>2004-04-13T23:51:36+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2004:/mt/yamazato//3.48</id>
    <created>2004-04-13T14:51:36Z</created>
    <summary type="text/plain">せっかくこういう日記風のページにしたのに、このところサボってばかり・・・今日からちょっとマジメに日記風に、なるべく、できるだけ、がんばって毎日レポート書いてみようかなぁ、なんて思ってます。が、千恵もぼくも根がグータラなので、たぶん「毎日」は無理だと思いますが（笑）。 さて、今日は朝からどんより曇り空。このところポカポカ暖かな春の日が続いていたのに一転、冬に舞い戻ったような寒さ。庭にはミツバツツジが満開だというのに・・・（写真は後日アップしますね） そうそう、つい先日も、ツツジが咲き始めたと思ったら、いきなり雪が降ったりしてたなぁ。...</summary>
    <author>
      <name>north</name>
      <url>http://www.paddlenorth.com/</url>
      <email>north@tkh.att.ne.jp</email>
    </author>
    <dc:subject>暮</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>せっかくこういう日記風のページにしたのに、このところサボってばかり・・・今日からちょっとマジメに日記風に、なるべく、できるだけ、がんばって毎日レポート書いてみようかなぁ、なんて思ってます。が、千恵もぼくも根がグータラなので、たぶん「毎日」は無理だと思いますが（笑）。</p>

<p>さて、今日は朝からどんより曇り空。このところポカポカ暖かな春の日が続いていたのに一転、冬に舞い戻ったような寒さ。庭にはミツバツツジが満開だというのに・・・（写真は後日アップしますね）<br />
そうそう、つい先日も、ツツジが咲き始めたと思ったら、いきなり雪が降ったりしてたなぁ。</p>

<p>ここ最近、本の編集の仕事で都心の作家事務所へ通う日々。（あぁ、山里でのんびりしていたい）<br />
もう春だし、道路は凍ってないし、そろそろチャリンコで９キロ下のバス停まで走ってみるか、と意気込んでたのに、この寒さにめげて千恵に車で送ってもらいました。（ダメですねえ、軟弱で）車で下界に下りながら道路の両脇に連なる尾根筋を見ると、ちらほらヤマザクラが咲き始めていました。ソメイヨシノの並木もいいけれど、緑の山腹や尾根にポツリポツリと白い斑点のようにあるヤマザクラもなんかいいものです。まわりの樹木も芽吹き初めて、うっすらと淡い緑色。こういう風景を見ると、やっぱり日本の自然もいいなぁ、なんて思ったりします。カナダの極北の自然は、ある意味、すごく単調ですから。それはそれで、また違った良さもたくさんあるんですけどね。</p>

<p>高尾から電車に揺られて（ここは中央線の始発駅なので必ず座れる特権がある）小１時間ほどで西荻窪へ。駅を１つ越す事に、人がいっぱいになっていく。廃村間近？な山里から、ほんのちょっと降りてきただけで、こんなに人がたくさんいるんですから、なんだか不思議な気分になります。みんな顔が疲れて無表情だし。我が家周辺の人たちは、み〜んな年寄りばかりですが、ニコニコ、テクテク歩いては、おはよぉ〜！と元気いっぱいです。ただただ、短距離の中にあるこのギャップが不思議。あんまり人がビッシリたくさんいるのって、やっぱり良くないんだろうなあ。ま、また都会の文句たらたらになるとうるさいから、この辺でやめときましょう。自分もなんだかんだ言って、まだまだ都会で働いている人間の一人だし。</p>

<p>さて、作家事務所で一日仕事。そこの作家先生の文庫本の編集作業。（自分の本だったらいいのになぁ・・・）仕事しながら、暮らしというのは理想と現実はじつに矛盾が多いものだとつくづく思ったりして。そう思いつつ、いつかはこういう中途半端な生活を脱して、どっぷり森の中で暮らすぞぉ〜と、心の中で意気込んだりして。</p>

<p>夜８時、事務所を出て帰路。中央線を今度はお山の方へ向かって。<br />
八王子市内で仕事を終えた千恵と八王子駅前で待ち合わせ。<br />
車にはしっかりラフカイも一緒に乗ってました。いつものことですが、帰ってきた僕の顔を見るなり、尻尾とお尻をぶんぶん振って全身で喜んでくれるラフカイの姿は嬉しいものです。ホッとします。</p>

<p>車に乗るとイチゴの臭いがプーンとしてきました。千恵の実家から送ってくれたイチゴです。今日はぼくの誕生日。そのためにわざわざ送ってくれたイチゴ。こころのこもった甘い匂いに、なんだか嬉しくなりました。</p>

<p>車はだんだん街を離れ、我が家のある山里へ。街灯りが減り、山の闇が近づくごとに、気持ちがどんどんやわらかくなっていきます。</p>

<p>真っ暗な家に着き、灯りをポッとともすと、周囲のミツバツツジが闇の中でパッときれいなピンクに光ります。あぁ、気持ちいい。ここは空気もホント美味しい。水の匂い、森の匂い、土の薫り。</p>

<p>霧のような雨がちょっとばかり降ってくると、いつもは夜でも外にいたがるラフカイが家の玄関扉の前に来て、中に入れて欲しそうに目で訴えます。</p>

<p>薪ストーブに火を入れ、人心地つくと、外から沢の音がサーッと聞こえてきました。<br />
ただ、それだけの１日。でも、ここに帰ってくると、すべてが幸せに感じます。</p>

<p>明日も、もう１日東京で仕事。<br />
それから先は未定。たぶん山里に隠遁します。</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>女心と旅の空</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000047.html" />
    <modified>2004-04-02T06:37:34Z</modified>
    <issued>2004-04-02T15:37:34+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2004:/mt/yamazato//3.47</id>
    <created>2004-04-02T06:37:34Z</created>
    <summary type="text/plain">　旅先で出会ってから、もう長い付き合いになる男友達が何年も前にこんな事を言っていた。 「ちえぞうと付き合う男も、万が一結婚する男も大変だよなあ。 例えばさ、男がこう言うだろう。...</summary>
    <author>
      <name>chiezo</name>
      <url>http://www.paddlenorth.com/</url>
      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
    </author>
    <dc:subject>遊</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>　旅先で出会ってから、もう長い付き合いになる男友達が何年も前にこんな事を言っていた。<br />
「ちえぞうと付き合う男も、万が一結婚する男も大変だよなあ。<br />
例えばさ、男がこう言うだろう。<br />
『一緒に何処何処へ行こう』<br />
『ううん。それより私は行きたいところがあるから、ちょっと一人で旅に出てくるわ。じゃあね〜』<br />
って感じで、ちえぞうはあっという間にどこかへ飛び出して行きそうだよな。<br />
俺は未来の旦那に同情するよ。<br />
わはははは〜」<br />
　全く失礼なヤツだ！と思っていたが、どうやら彼の分析は非常に鋭かったと最近認めざるを得ないような気がしてきた。</p>

<p>　昨年夏は久しぶりに長期の旅に出ることなく、日本の山里でひっそりと身を潜めて過ごした。<br />
「今年の夏は、ツンドラを流れる川を下って、何度も見逃し続けた北極海まで行こう！」ラフカイ小屋（我が家の愛称）で飛び交っていたそんな熱いやり取りは、<br />
「う〜ん、俺のほうは金銭的に厳しいかも。それに、今年こそ本気で本の執筆に取りかからないとなあ・・・」<br />
つい最近発せられた田中氏の一言で、敢えなくこの企画は延期となってしまった。<br />
　ここで、優しく思いやりのあるパートナーならば、きっとこんな風に言うのだろう。<br />
「そうだね、それなら執筆に思い切り専念してよ。後のことは私に任せておいて！」<br />
　しかし、どんなに間違ってもそんな台詞は私の口からは出てこないのだった。<br />
その代わり、しばらくう〜んと考え込んでいた私が発した言葉は、<br />
「よし、決めた！そんじゃあ、アタシは一人で旅に出るよ。田中さんはラフカイと一緒にお留守番だね。数ヶ月くらいで帰ってくるからさ」<br />
　数年前の男友達の予言はほぼ的中している。</p>

<p>　「一人旅」と決めたなら、そのスタイルは一番身軽でシンプルなバックパックにしよう。テントと寝袋と身の回りの必需品だけをザック一つに詰め込んで、風の向くまま、足の向くまま、自由に歩き回ってみたいと思う。考えてみると、全くの一人の旅というのは本当に久しぶりである。カナダ北部に１年滞在していた2000年から2001年にかけても、そのうち10ヶ月近くはラフカイを連れていたから、犬連れ一人旅というより、犬であるラフカイに連れられていたような気もする。<br />
　今回は純粋な一人旅。そして旅の矛先は、カナダの西側沿岸部からアラスカ南部にかけての太平洋岸に決めた。以前からずっと気になる、いつかは旅してみたい場所だった。<br />
　夏でもカラリと乾いた陽気に、連なる山々、針葉樹の森、冬は長く厳しい国というのが、ロッキー山脈界隈に代表されるカナダのイメージだろうか。ところが、太平洋沿いに位置する大都市バンクーバー周辺に目を移すと、冬は曇天に雨続きで鬱屈した人間の自殺が増えるほど、その気候は温暖で降水量も多くなる。<br />
　大陸西側と大小連なり洋上に浮かぶ島々のこうした気候を作り出すのは、太平洋を巡回する暖流とそこから生み出される雨。そして、その雨を受けて、巨大な木々が育つ。<br />
レインフォレストと呼ばれる森である。<br />
　これまではバンクーバー島に住む親しい友人を訪ねる度に、島の方々に足を伸ばしては森を歩いてみた。鬱蒼と湿った森、人間が数人抱えでも手が回らないような樹木、瑞々しい緑の苔。海と雨が作る森の気配は、屋久島のそれとも良く似ていた。<br />
　今年の夏は、その苔生した森や海辺をひたすら自分の足で歩いてみようと思う。心惹かれる場所があったら、テントを借りの住処にして、しばらく過ごしてみてもいいな。シーカヤックで海へ漕ぎだし、ただただ水の上に漂ってみるのもいい。<br />
　海に向かって暮らす先住民の人たちはいったいどんな暮らしをしているのだろう。<br />
マッケンジーで過ごしたフィッシュキャンプのような生活、海辺のどこかに残っているとしたら、お邪魔してみたい。<br />
　北はアラスカへと続く。でも、私の旅はいったいどこまで続くのか。<br />
見知らぬどこかで、知らない誰かとの出会いが待っていてくれるのだろうか。<br />
行ってみないと分からない、きっとそれが旅の良いところ、だから、また懲りずに旅へ出たくなるのかもしれない。</p>

<p>　旅は男のロマン、と誰が言ったか知らないが、失恋しなくとも女だって旅に出たい。<br />
「悪い人がやって来たらどうしよう・・・」「クマ・・・怖いよ〜」<br />
と時々おろおろしたり、一人を後悔したりしても、やっぱり旅の空で眠りたいと思う。<br />
　旅立ちの夏の足音が、もうそろそろ聞こえてくる。</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>人生の持ち時間</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000046.html" />
    <modified>2004-03-29T05:30:03Z</modified>
    <issued>2004-03-29T14:30:03+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2004:/mt/yamazato//3.46</id>
    <created>2004-03-29T05:30:03Z</created>
    <summary type="text/plain">　私が過去に何度か訪れ、長い時では半年以上も滞在した北極圏に近いある村から、一人の友人の死の知らせが届いた。 　彼はたぶん７０代後半、決して年齢的には若いとは言えなかったけれど、小柄な体は逞しく、４輪バギーやスノーモービルを乗り回して、森にもよく一人で出掛ける人だった。 　何より彼の飄々として、ちょっととぼけたようなところが、一緒にいると何とも可笑しく、いつもほのぼのと幸せな気持ちにさせてくれる人柄だったから、きっと長生きするのだろう、村へゆけばまた会えるのだろうと私は勝手に思い込んでいた。...</summary>
    <author>
      <name>chiezo</name>
      <url>http://www.paddlenorth.com/</url>
      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
    </author>
    <dc:subject>暮</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>　私が過去に何度か訪れ、長い時では半年以上も滞在した北極圏に近いある村から、一人の友人の死の知らせが届いた。<br />
　彼はたぶん７０代後半、決して年齢的には若いとは言えなかったけれど、小柄な体は逞しく、４輪バギーやスノーモービルを乗り回して、森にもよく一人で出掛ける人だった。<br />
　何より彼の飄々として、ちょっととぼけたようなところが、一緒にいると何とも可笑しく、いつもほのぼのと幸せな気持ちにさせてくれる人柄だったから、きっと長生きするのだろう、村へゆけばまた会えるのだろうと私は勝手に思い込んでいた。<br />
　大好きな人だった。<br />
　だから、その知らせはまさに晴天の霹靂で、彼が亡くなったということを未だに実感できないでいる。思いを、何万キロも離れた極北の村へ飛ばしても、やっぱり彼は変わらぬそぶりで「やあ」と手を上げてくれるような気がするのだ。<br />
　彼は、冬晴れの暖かな日にスノーモービルで出掛けていったきり、戻っては来なかった。<br />
結局、数日後心配して捜索に出掛けた村人たちによって、川の上で凍死しているのを発見されたのだ。彼を死に追いやった原因はまだ詳しくは分からないが、スノーモービルが突然故障し、村へ歩いて帰る途中で力尽きたのではないかと言われている。<br />
　冬が１年の７ヶ月近くを占め、極寒期にはマイナス５０度にも下がる彼の地では、凍死という言葉は決して稀ではない。一度その冬を経験している私も、そこが一歩間違えば死と隣り合わせの厳しい土地であるということを、日本の穏やかな冬を過ごしているうちにすっかり忘れ去っていた。<br />
けれど、どうしてもどうしても友人と凍死ということが私の頭の中で結びつかない。<br />
　2000年から１年間、私はカナダ北部のマッケンジー河流域の村や森や川べりで、先住民の友人達と多くの時を過ごした。<br />
数え切れない程の動物や魚を殺し、食べて暮らした。その間に思いも寄らぬ身近な人の死もあった。動物や人間に関わらず、身の回りには多くの死が存在していた。<br />
　それから数年、日本をカナダの行き来を繰り返す中で、どういう訳か日本にいる間に限って、北に住む友人の死が伝わってくる。<br />
　同い年だったフィドル弾きの青年。森での暮らしを誰よりも愛していた彼は、偶然乗り込んだ小型機がひどい吹雪きに遭って、墜落死した。もっともっと彼と話をしたかった。<br />
そして、もっと彼の音楽と物語を多くの人に聞かせて欲しかった。たくさんの人に愛されていた彼がなぜこんなに早く逝かなければならないのか、そればかりを考えた。<br />
　一冬をまるで家族のように一緒に過ごしてくれたデネのおばあさんが昨年亡くなった。癌だった。<br />
　人生には、人それぞれの持ち時間というものがあるのだろうか。<br />
例え、人間であろうと、森に住む熊や狐、兎の動物でも川を泳ぐ魚でも地をはう昆虫でも、誰の上にも死は冷酷な程平等に降り下りる。<br />
しかし、その持ち時間は、時に悔しくて叫び出したいほど不平等だ。<br />
　フッと遭遇する親しい人の死は、日常をぼんやりと暮らしている自分の生を恐ろしいくらいクッキリと浮かび上がらせる。<br />
人生の持ち時間は、限られているのだよ、と。<br />
　死んでしまった人が再び帰ってくることはないけれど、だからと言って、すべてがなかったかの如く無に還ってしまう訳ではない、と思う。<br />
　亡くなってしまった人も、その人と共に紡ぎ出した時も、小さなかけらとなって、自分の中に取り込まれ一部となって生きていくような、そんな気がするのだ。<br />
大切にしたいと思う。<br />
　先のことは誰にも分からない。やりたいと思ったときに行動する瞬発力だけは忘れたくない。<br />
　今年の夏は、再び旅に出ようと思う。</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>千恵のひとこと</title>
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    <modified>2004-03-25T13:03:39Z</modified>
    <issued>2004-03-25T22:03:39+09:00</issued>
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    <created>2004-03-25T13:03:39Z</created>
    <summary type="text/plain">夜。 外は春雨。 家の中は、まだ薪ストーブの火を絶やせない。...</summary>
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      <name>north</name>
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      <email>north@tkh.att.ne.jp</email>
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    <dc:subject>暮</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>夜。<br />
外は春雨。<br />
家の中は、まだ薪ストーブの火を絶やせない。</p>

<p>隣にいる千恵が突然、思いついたように言った。<br />
「ねえ、いつかはさぁ、狩猟採集と写真と文章で食べていけるようになるといいね・・・」</p>]]>
      
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    <title>白い花の降り下りる日</title>
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    <modified>2004-03-20T03:49:16Z</modified>
    <issued>2004-03-20T12:49:16+09:00</issued>
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    <created>2004-03-20T03:49:16Z</created>
    <summary type="text/plain">　久しぶりに冷え込む夜の眠りから目覚めたら、雪が降っていた。 ぽってりと大粒の、湿った雪は、まるで白い花びらのようにふわふわと空から舞い降りてくる。始めは、その水分で地面をぐしょぐしょにして、そのうちに屋根の上も木の幹も葉っぱも白く染め上げてしまった。 　同じ雪でも違う。名残惜しいような、春の雪。...</summary>
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      <name>chiezo</name>
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    <dc:subject>暮</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　久しぶりに冷え込む夜の眠りから目覚めたら、雪が降っていた。<br />
ぽってりと大粒の、湿った雪は、まるで白い花びらのようにふわふわと空から舞い降りてくる。始めは、その水分で地面をぐしょぐしょにして、そのうちに屋根の上も木の幹も葉っぱも白く染め上げてしまった。<br />
　同じ雪でも違う。名残惜しいような、春の雪。<br />
　シンシンとした冷たさが忍びよらないように、薪ストーブを全開にして燃やす。<br />
２階からは、「すーすー」と田中さんの静かな寝息が聞こえてくる。<br />
大好きな外に出られないラフカイも、一番暖かいストーブの側でお腹を出して、うつらうつら、ごろんと転げている。ラフカイをそっと撫でると、頭も背中の毛も薪の熱を吸収して驚くほど暖かく、さながら巨大な湯たんぽみたい。ラフカイを抱いて寝たら、さぞかし良く眠れるだろうな。<br />
火の上に掛けられた、やかんの湯が沸き立つちりんちりんとした音が、小屋の空気を支配しているような、静かな週末の昼下がり。<br />
　何があるわけでもないけれど、こんな時間は幸せだなあと思う。</p>]]>
      
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    <title>懐かしい夜</title>
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    <modified>2004-03-12T08:16:51Z</modified>
    <issued>2004-03-12T17:16:51+09:00</issued>
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    <created>2004-03-12T08:16:51Z</created>
    <summary type="text/plain">　夜、突然電話が鳴り響いた。手にした受話器の向こうから聞こえてくる声を一瞬で判断しかねて、頭の中が数秒の間、ポカンと空白になった。 　でも、その声はとても懐かしかった。ようやくのこと、声の主が大学時代の先輩であることに気づいて、私は嬉しさの余り素っ頓狂な声を上げてしまった。 　先輩であるＹさんが中国に留学するらしい、ということは人伝で聞いていたので、電話口で聞いてみると、やはり出発は４日後と言う。そして、日本を出る前に一度我が家へ寄っていきたいという嬉しい知らせだった。...</summary>
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    <dc:subject>暮</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>　夜、突然電話が鳴り響いた。手にした受話器の向こうから聞こえてくる声を一瞬で判断しかねて、頭の中が数秒の間、ポカンと空白になった。<br />
　でも、その声はとても懐かしかった。ようやくのこと、声の主が大学時代の先輩であることに気づいて、私は嬉しさの余り素っ頓狂な声を上げてしまった。<br />
　先輩であるＹさんが中国に留学するらしい、ということは人伝で聞いていたので、電話口で聞いてみると、やはり出発は４日後と言う。そして、日本を出る前に一度我が家へ寄っていきたいという嬉しい知らせだった。<br />
　大学時代に所属していた探検部。私はクラブ活動優先の日々を送っていたから、大学と専攻を聞かれる度に、本来の所属である外国語学部なぞ頭からすっかり抜け落ち、「獨協大学探検部です」と言ってはばからなかった。<br />
山や川へ飛び出し、世界を自由に旅する人たち、良く言えば個性的、見たままで言えばアクが強い輩ばかりの集まりを作ったのが田中さん、Ｙさんはその同期であった。<br />
　卒業後何年も、ほとんど会う機会がなかった。２年前の結婚式の時に駆けつけてくれた、その１度きりだった。<br />
　電話を受け取った次の晩、田中さん、ラフカイとともに家から９キロ先のバス停まで迎えに行くと、Ｙさんは３０リットルほどのザックと肩掛けバック一つで立っていた。２年前会ったとき、サラリーマン生活で少しふっくらしていた姿は、大学時代と変わらないくらいヒョロリとした体型に戻っていた。<br />
「わ〜、久しぶりですね〜。痩せたんじゃないですか？」<br />
「仕事やめてから、しばらく中国を旅してたら、いつの間にか痩せてたみたい」<br />
余分な肉を落としただけ、というより、精神の部分で余計な垢を削ぎ落としたというような印象だった。すっきりとした表情だった。<br />
　ジムニーの荷台に荷物を積みながら、ふと尋ねると、<br />
「中国に半年語学留学するんだ。荷物はこれだけ」<br />
そんな答えが返ってきた。えー、こんなに少ないのかと思うほど、身軽な旅立ちである。<br />
　車に乗り込み、家路へ向かう。<br />
走るにつれて、沢が現れ、人家が疎らになって、暗がりの中を山へ向かう様子に、Ｙさんは「おおっ」とひとり呟いている。<br />
到着し、沢沿いの路肩に車を止めて外に出ると、Ｙさんは一層感動しているようで、思わず田中さんと私の内に悪戯心が沸いてきた。<br />
「さあ、着いたよ。うちに入ろうか」とふたりで入りかけたのは、道路っぷちに建つトタン屋根と古ぼけた板でできた小さな掘っ立て小屋だった。これは我が家でも何でもなく、炭焼きの人たちが物置として使っている建物である。<br />
「えええっ！」<br />
唖然とするＹさんの反応が可笑しくて、私たちは大爆笑した。それでようやく私たちに騙されていることに気づいたようだった。<br />
「とんでもない所に来ちゃったと思って、焦っちゃったよ」<br />
その言葉に、ますますお腹がよじれてしまった。<br />
　夕食を一緒に囲んだ後、３人でお酒を飲んだ。<br />
あの頃の先輩たちは貧乏学生ながら、なぜか夜通し手にしていたのはワイルド・ターキーやフォア・ローゼスなどのバーボンだったと思う。集合場所はいつも、６畳一間の田中邸である嶋根荘か、Ｙさんの住む４畳半の晴美荘だった。その風景が懐かしく蘇ってくる。<br />
あれから何年も経って、田中さんは相変わらずバーボンのグラスを持ち、私も最近好きになったバーボンをチビチビと舐め、Ｙさんは奄美大島で新聞記者生活を送ってから定番になったという芋焼酎をストーブにかけていたヤカンのお湯で割った。<br />
　学生時代（今もだけど）ガキンチョだった私は、先輩や仲間の口からこぼれる熱いやり取りを聞くばかり、色々なことを知りたくて、いろいろな所へ行ってみたくて、いつも先輩達の後ろをちょこまかと付いて回っていた気がする。そして、いつの間にやら自分で自由気ままに出掛けていくようになり、一人旅が好きになっていた。<br />
　結局形は変わりつつも、旅は続き、今は東京の山里の小屋に住んでいる。もうそろそろ三十路に手が届きそうになって、例えば２０歳のころには全く予想もしなかった生活をしているのだと思う。でも、人はきっと自分の心に正直に生きているものだから、今の暮らしも自然な流れの内にあるのだろうな。ぼんやりそんなことを考えていた。<br />
　目の前に座るＹさんは、大袈裟に多くの言葉を発する人ではないけれど、内側にヒシヒシと熱い思いを抱えている、そんな雰囲気は昔と変わらなかった。<br />
大学卒業後、いくつかの新聞社に勤めてきたＹさんの、現在の新聞業界に対する目は厳しい。彼は、単なる雇われ新聞記者として、形にばかり囚われ、安全パイでしか記事を書けない新聞のあり方に憤りを持っていた。<br />
「いつか、フリーのジャーナリストとしてやっていきたいのですか」<br />
そんな私の質問に、<br />
「うん。そうなりたいと思ってる」<br />
Ｙさんはゆっくりと、でもはっきりとそう答えた。<br />
　サラリーマンとしての新聞記者をやめ、中国へ再び旅立とうしているＹさんは、少しずつでもその夢へ近づいていこうとしているのだろうか。<br />
　晴美荘の狭い４畳半の部屋には、黄ばんだ背表紙の書籍が並ぶ本棚があった。私なら目をそらしてしまうだろう、社会に潜む問題に真っ直ぐ向かっていく人のような気がしていた。何年も前に私が漠然と感じていたことは、あながち遠く外れている訳ではなかったんだな、と思った。<br />
「いつまでも、熱い気持ちで何かを追い続けていきたいよな」<br />
「そうだ、そうだ〜っ！」<br />
私は興奮して、思わず大して飲めもしない酒をグビリと飲んだ。<br />
　何だか、無性に嬉しかったのだ。<br />
自分も周りの人も社会も変わり続ける。でも、そこにきっと変わらない何かがあるのではないか。その変わらないものは、決して過去へ向かう懐かしさではなく、ずっと未来へと続いてゆく懐かしさのように思えた夜だった。<br />
　明くる日、先輩を駅の近くで見送った。<br />
旅立ちを見送るより、見送られたい。そんな勝手な私にとっても、これはやっぱり嬉しい見送りである。けれど、私も無性に旅に出たくなってしまった。</p>]]>
      
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    <title>春一番</title>
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    <modified>2004-03-11T09:33:27Z</modified>
    <issued>2004-03-11T18:33:27+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2004:/mt/yamazato//3.42</id>
    <created>2004-03-11T09:33:27Z</created>
    <summary type="text/plain">　今年初めての鶯が鳴いた。 目覚めて、開け放った窓からは、溢れるばかりの朝の光が差し込んでくる。 太陽は山の尾根上に高くて、その光の強さからも、季節がすっかり冬から春へと切り替わったことを感じる一日のはじまり。...</summary>
    <author>
      <name>chiezo</name>
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      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
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    <dc:subject>遊</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　今年初めての鶯が鳴いた。<br />
目覚めて、開け放った窓からは、溢れるばかりの朝の光が差し込んでくる。<br />
太陽は山の尾根上に高くて、その光の強さからも、季節がすっかり冬から春へと切り替わったことを感じる一日のはじまり。<br />
　きりりと身も心も引き締まる冬が好きでも、こんな陽気には思わず浮き浮き体が動き出してしまうのは、やっぱり動物の本能なのかな。<br />
　ふわふわと暖かな空気につられて、今朝は思い切って、マウンテンバイクで仕事にゆくことに決めてしまった。目的である町の中心街まで片道２０キロの道のり。<br />
　春から秋にかけて、交通の足として、ラフカイとの散歩の道具として大活躍していたマウンテンバイクも、冬の声を聞くころからすっかり遠ざかり、軒下のフックに掛けられたまま土埃をかぶったままになっていた。<br />
　これでいきなり走ろうっていうのは、マウンテンバイクと自分の体にとって、穴蔵でぐっすり冬眠中の熊を突然叩き起こして、全力疾走させるようなものだと思うけれど、こんな日は逃せない。目覚めの春、なのだから。<br />
　私がせっせと朝ご飯をかき込んでいる間、田中さんはタイヤに空気を入れ、オイルまで注してくれているではないですか。毎度のことながら、ありがたきことなり。<br />
　しかし、その後には必ずお説教もついてくる。<br />
「あまり細い裏道は通っちゃいけませんよ。例え、キレイな蝶が飛んでいたり、お花が咲いていても、『うわ〜！』などと言って余所見をしちゃあなりません。だいたいそうやって、ドガーンとどこかにぶつかったりするのがオチなんだからね」<br />
お世話になっている弱みと、一部的を得ていることもあり、強気なことは言えない身分なので、ひとまず「ほいほい」と調子の良い返事をして、さっさと自転車に跨り出発する。<br />
出てしまえば、後は野となれ山となれ、別に転んだっていいもんね〜という具合である。<br />
　醍醐川という名の沢と平行して走る道を、傾斜がくれる勢いに乗って、自転車はどんどんスピードを増していく。民家を数軒過ぎ、湧き水の滴る岩場脇を駆け抜け、さらに下にある集落を通り抜ける。道はつづら折りに続き、カープをひとつ曲がる度に、山の位置により景色は陰と陽を繰り返す。<br />
　風が私の体全体を包み込んでいた。その感覚が気持ち良かった。車とも歩きとも違う、自転車の良さは、コレなのだと思う。<br />
　太陽で暖められた大気に、沢がソッと吹き付けるひやりとした空気が混じり合う。<br />
　２キロほど下ると、道は陣馬街道につながり、空が開けた。山村の集落という雰囲気はここから町へ下りていくに連れ、田畑の広がる田舎の風景へと変わり、１０キロ地点ではコンビニにドラッグストアが並び、自動車が絶えない大通りへとつながる。さらに１０キロもゆけば、駅前にビルやデパートの建ち並ぶ人口５６万の大都市の様相になるのだ。<br />
我が家から町に向かうこの２０キロの風景の変遷は、そっくりそのまま日本の縮図のようで、面白いなあと思う。<br />
　陣馬街道沿いの畑では、おっちゃんがトラクターを乗り回し、梅林には白い花々が満開に咲き乱れている。庭先の沈丁花が、自転車で切る風の中に匂い、黄色い水仙が一際目をひく。<br />
　大気が、幾重もの香りの層と生きもの気配で形作られていると感じるほど、春の風は濃厚で、あらゆる五感を刺激してくる。<br />
　自転車で走って良かった、と思った。いつものように車だったら、同じ道でも感じるものは１０分の１もなかったかもしれない。<br />
　春一番の自転車乗りは、寒さで少々凝り固まっていた体と五感をパーンと目覚めさせてくれた。ありがとう、我がマウンテンバイク！また今年も一緒に走ろうね。</p>]]>
      
    </content>
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    <title>怒りの記</title>
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    <modified>2004-03-03T08:54:03Z</modified>
    <issued>2004-03-03T17:54:03+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2004:/mt/yamazato//3.40</id>
    <created>2004-03-03T08:54:03Z</created>
    <summary type="text/plain">　腹が立った。 むかつくこと、この上ないのである。 　いったい何をそんなにプンプンしているか、という原因は散歩の先にあった。...</summary>
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      <name>chiezo</name>
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      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
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    <dc:subject>暮</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>　腹が立った。<br />
むかつくこと、この上ないのである。<br />
　いったい何をそんなにプンプンしているか、という原因は散歩の先にあった。<br />
　今日は久しぶりに、家の前を沢沿いに走る和田峠方面への道を歩いた。家を出発し、ほぼ直角に近いカーブをまわると集落最後の家並みが続く。右手、山を背にぽつりぽつりと家が建つ。さらに足を進めると、沢を挟んで開けた対岸には、昔茅葺き屋根であっただろうが今は瓦にふき替えられたどっしりとした造りの日本家屋が数軒見える。<br />
沢を左手に見下ろしながら、のろのろ歩く。１キロも歩かないうちに最後の一軒を通り過ぎると、この先は６キロほど道の奥に位置する和田峠までは人家はなく、山がひたすら続くのみである。<br />
　途中一部が砂利である以外はほとんど舗装道路だが、なかなか気持ちの良い散歩道になる。はずなのだが、集落を越えて数百メートルも行くと、道の両端草むらのあちこちに紙切れやジュースの缶やら散らばっている。<br />
　この時期はほとんど人も車も通らない場所だが、暖かい季節はドライブやピクニックがてらフラリとやってくる人もいる。通りすがりに、ものを食べたり飲んだりして、そのままポイとやってゆくのだろう。もちろん、そんな人ばかりでないのは分かっている。<br />
　時折、砂利の敷かれた林道の奥に行って唖然とすることがある。そんな場所にでさえ、ボロボロになったスクーターや古タイヤなどが転がっていたりするのだ。<br />
　人家の途切れる、人目のつかないような道路脇にはよく黄色の「不法投棄禁止」の看板が軒並み立ち並んでいるが、ほとんど効果がないような気がする。<br />
不法投棄に頭を悩ませているのは、きっと我が家の周辺のように、ちょっと行けば山や沢があり、目の届きにくい町の外れに多いのだろう。監視する術がないのである。<br />
　ラフカイと散歩をしていると、彼女が道ばたに落とすのはウンコと小便である。そんなものは放っておけば土に還る。人間は脆弱だから、ありとあらゆる工業製品に囲まれ、その中で生きている。それらの物は、すでに自然の循環という大きなサイクルの中からは外れてしまう物ばかりである。ポイと外に放り出しておいても、そう簡単には自然に還ってくれない。それどころか、山の風景の中に汚点のように存在していて、恐ろしく見苦しいのだ。何も物を使わず仙人のじいさんみたいに暮らすべきだなどと言いたいのではなく、使うのなら最後まで責任を持って欲しいと思う。　<br />
それは少なくとも、私たち人間の自然に対するエチケットではないか。<br />
　こっそりと不法投棄に来る輩、ポイポイ野別幕無くゴミを放り投げる人たち。<br />
あなたたちの脳みそは、そんな下らないことをするためについているのか？　<br />
あなたたちのハートは何も感じることができないほどカチカチなのか？<br />
　ただ有りの儘で存在するだけで美しい野山を思えば、そんなことは出来ないはずだろう。<br />
　気分転換の散歩に出掛けて、腹を立てるのは悲しかった。<br />
　しかし、そんなバカヤロー共をいつか見かけたら、ラフカイにガブリとひと噛みやってもらって、沢に放り投げてやりたい、と思う。</p>]]>
      
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    <title>マーマレード作り</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/000039.html" />
    <modified>2004-03-02T05:36:25Z</modified>
    <issued>2004-03-02T14:36:25+09:00</issued>
    <id>tag:www.paddlenorth.com,2004:/mt/yamazato//3.39</id>
    <created>2004-03-02T05:36:25Z</created>
    <summary type="text/plain">　知人から庭に実った夏みかんを頂いた。 一般に市販されているみかんと違って、農薬やワックスの心配がないので、皮も実も丸ごと活かせるマーマレードにすることにした。 　夏みかんでマーマレードを作ったのはちょうど１年前。ラフカイの恋人、ごんちゃんちの庭で育ったみかんだった。...</summary>
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      <name>chiezo</name>
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      <email>chiezo@zaa.att.ne.jp</email>
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    <dc:subject>食</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/">
      <![CDATA[<p>　知人から庭に実った夏みかんを頂いた。<br />
一般に市販されているみかんと違って、農薬やワックスの心配がないので、皮も実も丸ごと活かせるマーマレードにすることにした。<br />
　夏みかんでマーマレードを作ったのはちょうど１年前。ラフカイの恋人、ごんちゃんちの庭で育ったみかんだった。<br />
　今年のものは東京は西荻育ちである。<br />
去年の作り方はすっかり忘れてしまったので、近所の友人から聞いたレシピやその他のやり方をミックスしてやってみることにする。</p>

<p>今回の材料<br />
夏みかん　　５個<br />
三温糖　　　１キロ（実際は量を減らして800グラムほど）<br />
水　　　　　500cc　　<br />
　<br />
　ジャム作りの中では、マーマレードが一番手間がかかるのではないだろうか。<br />
材料を刻んで、あくをぬくのにどうしても時間がかかる。<br />
でも、１日かけてのんびり手を動かしたり、鍋をコトコト言わせるのもまた良いから、それを楽しもう。</p>

<p>１．みかんを束子でゴシゴシ洗う<br />
２．４つ切りにして、皮をむく<br />
３．皮を薄くスライスし、中身は薄皮をむいて、実だけを取り出しておく<br />
４．鍋に水と皮を入れ、沸騰後弱火で焼く20分ゆでる（苦み取り）<br />
５．たっぷりの水に５分間晒し、よく水を絞る。これを３回繰り返す（あく抜き）<br />
６．ホーローまたはステンレスの鍋に皮、果肉、水と三温糖を加え、しばらく置く<br />
７．火にかけて、沸騰したら弱火にする<br />
８．あくを取りながら、トロリとするまで２〜３時間焦がさないように煮る<br />
９．熱々のうちに、熱湯で煮沸した瓶につめて出来上がり</p>

<p>　作り方は様々あって、果肉をむかずに果汁だけ絞って使う方法、水を一切入れない方法、私も毎度実験中。でも、大事なのは茹でこぼしと水に晒しての苦みとあく抜きでしょう。<br />
　他にもこんなやり方があるよ！という方はぜひ教えてください。</p>

<p><img alt="jam.jpg" src="http://www.paddlenorth.com/mt/yamazato/archives/images/jam.jpg" width="303" height="227" border="0" /><br />
　　マーマレードが出来た！何につけて食べよかな</p>]]>
      
    </content>
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