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| 2000年夏。ラフカイの生まれ故郷、小さなインディアンの村・フォートグッドホープを目指して、カナダ極北のマッケンジー川を1000km、カヤックで下って旅したときの記録です。 |
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文・写真 田中勝之
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6月10日、僕とラフカイはフォートプロビデンスを出発し、マッケンジー河へと漕ぎ出しました。ラフカイの故郷、フォートグッドホープまでの道のりは1000キロ。途中にはいくつかの小さな村や町があり、そこにはデネと呼ばれるネイティブインディアンが暮らしています。道中、たくさんの出逢いがあるはずです。僕とラフカイは、人間との出逢い、犬たちとの出逢いを楽しみにマッケンジーの流れに身を任せ、北を目指して河を進みます。
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フォートプロビデンスから40キロほどのところに、ポツリを河をせき止めるようにミルズレークという小さな湖があります。そのすぐ手前でハクトウワシの巣を見つけました。キャンプ地を探していると、立ち枯れたスプルースのてっぺんにある巣から番のハクトウワシが僕とラフカイの乗ったカヤックを見つめていました。僕はそこから500メートルほど下流に3泊キャンプをし、毎日巣の下に通っては、この美しいワシを観察。ワシウォッチングに出発するまでは、ラフカイは横の写真のようにずっと眠っていました。何の束縛もなく、遊びたいときに遊び、眠りたいときに眠る。この河はラフカイにとってパラダイスのようなところです。河からはたくさんの魚が捕れ、デネの人々はムースの肉を分けてくれます。そして、小さな村々にはラフカイの友となってくれる、放し飼いの犬たちがたくさんいるのです。
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出発してわずか1週間ほどで、僕は真っ黒に日焼け。約20時間、空に太陽がある極北では、すぐに肌が焼けていきます。それに、極北といえど、この長時間の日照に大地は暖められ、日中は毎日30度を超えます。
川幅が広いところでは5キロ以上あるこの河では、遠くから近づく雨柱が見て取れます。ただただ、こっちにやってこないことを祈るのみ。ラフカイにとっては、涼しさをもたらしてくれる雨は天からの恵みなのかもしれません。
かんかん照りの日、ラフカイはカヤックの上で、暑さに息を切らせて眠っています。そんなときはラフカイだけ岸に放して、僕は河をいきます。ラフカイは水際をてくてくとカヤックに沿ってちゃんとついてきます。
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ジーンマリーリバーでは、80センチはあるピッコロという魚を、何匹も釣り上げました。もちろんこれが僕とラフカイの晩飯。ちゃんと半分こしてます。
夏のはじめは、子犬が生まれるシーズン。村々にはたくさんのかわいい子犬たちがいます。子犬は子供たちの楽しい遊び相手でもあります。
河原は短い夏の間、こうした小さくてかわいらしいワイルドフラワーでいっぱいになります。
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ラフカイの故郷まで、ちょうど半分漕いで、たどり着いたのがリグリーという、人口150人あまりのデネ(このあたりのネイティブ)の村。村近くの岸辺でアメリカからやってきたカヌーイスト3人と出会い、キャンプをともにしました。
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ある晴れた日の夕方、1500キロのマッケンジーの流れを1週間かけて旅する客船が着岸。こんな小さな村に、珍しくたくさんの観光客が押し寄せ、村の人々もその珍客(僕らも含めて)を見に、わざわざ川岸までやってきます。ひととき賑やかになったキャンプ。でもラフカイは、そんなことをよそに居眠り(笑)。
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デネの村での暮らしも、少しずつ変わろうとしています。子供たちは地元の小中学校に通いながら、外の世界のことを学んでいきます。高校は故郷を離れ、都会の寄宿学校へと、親元を離れます。
そんな暮らしの中で、彼らはどんな将来を選択いくのか、僕はこれからもこの極北の暮らしを見つめていきたいと思います。古い狩猟民の伝統は、いつしか遠い過去のものとして消えていってしまうのでしょうか。森や河、動物たちが、数千年をかけて教えてくれたことが。文明と伝統が解け合う時代が、いつの日かやってきてほしい、そう思います。
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リグリーを発ち、僕とラフカイは再びマッケンジーの流れの上、2人きりになりました。昼間はもっぱら僕の労働時間。1日に50キロを目指してカヤックを漕ぎ続けます。目の前ではラフカイが居眠り。
夜はラフカイの労働時間。僕が1日の疲れでテントに眠っている間、ラフカイは外で神経を張りつめて、外敵からキャンプを守ります。ときどき裏のブッシュからクマが現れたりすると、必死にその黒い大きな獣を森へと追い返しています。そうしてラフカイは、だんだんとこの極北の野生の感覚を取り戻していきます。
河を北へ北へと漕ぐに連れ、森は背の低いスプルースに覆われていきます。新緑の美しい白樺やアスペンも希になると、森の動物たちもだんだんと少なくなってくるのがわかります。あれほど岸にあったムースやブラックベアの足跡も、見る機会が少なくなります。朝の目覚め、あれほど騒がしかった小鳥たちの声も、やがて聞こえなくなりました。そんな変化が、ここの自然の厳しさを静かに物語っています。ラフカイと僕の乗ったカヤックは、そんな自然に包まれながら、さらに北を目指します。厳しくとも、そこには素晴らしい自然があるから。
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リグリーから1週間、Tulitaにやってきました。町沿いの長い河岸の先には、伝説のベアーロックという岩山がマッケンジーへと突き出しています。遠くにはマッケンジーの山並みが望めます。夜中の1時過ぎ、太陽が沈んだばかりの風景の中、僕とラフカイはテントそばのたき火で暖をとりながら、いつまでも続く美しい夕焼けに見とれていました。風も止み、静まり返ったマッケンジーの流れはまるで巨大な湖のよう。白夜の夏、夕焼けはそのまま朝焼けへと繋がっていきます。極北にいることを、いちばん感じる瞬間です。星のない夜空に、うっすらとした満月が南の地平線を這っていきました。
短い太陽の季節、極北の白夜の夏、子供たちはその光を身体いっぱいに浴び、夜遅くまで河原で遊びます。冷たいマッケンジーの河の流れの中で、いつまでもいつまでも過ぎゆく夏を惜しむように泳ぎ続けています。そんな子供たちは、ラフカイのとても良い遊び相手でした。そしてまた、子供たちと一緒にやってくる村の犬たちも、はるばると旅してきたラフカイを歓迎してくれます。そんな犬の群の中で、よそ者であっても威張っているラフカイの姿が、なんとも可笑しいのです。
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村々を去るときは、旅の先へ向かう期待感がある一方で、出会った人々や犬との別れがなんとも寂しいものでした。ラフカイは、そんな僕の気持ちが分かるのかどうかは分かりませんが、いつまでも後ろに過ぎ去っていく村の方をカヤックの全席に座ってじっと眺めているのでした。しばらくすると、またすぐに眠りこけてしまうのですが(笑)。
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ノーマンウェルズはマッケンジー河流域で、ただ一つの白人の町です。石油が採れるこの町には、南部からやってきた白人たちが多く暮らしています。週末には、仕事の疲れをいやそうと、家々でバーベキューをしてパーティーを楽しみます。僕とラフカイも、そんなパーティーのひとつに招待され、出かけていきました。マッケンジーにこうして白人社会があるのが、僕にはとても不思議でした。ネイティブの村々を繋ぎ、マッケンジーを下ってきたせいでしょうか。そしてまた、白人たちの犬への接し方にも驚きました。マッケンジーに来てはじめて、犬をペットとして見る人々だったからです。
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村や町を離れ、2人きりになると、ラフカイは河岸のキャンプで安心仕切って眠ります。獣が森からやってきたときだけは別ですが。ラフカイは、誰にもじゃまされず自分のペースでいられる、自然の中がお気に入りのようです。ブッシュに駆け込めば、おいしい獲物もたくさんいますし。そんなラフカイの安堵した寝顔を見ていると、川下りでどんなに疲れたときでも、なんとなく気持ちがホッとしてくるのです。「犬は旅の最良のパートナーだ」とは、その通りだと思います。いつもと変わらない犬のそぶりは、旅の不安もかきけして、その場を日常にしてしまいます。
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誰もいないはずの川岸の森の中に、小さなキャビンを見つけました。もうその日は遅く、ここでキャンプをしようと訪ねると、休日を過ごしにきていたカップルがキャビンに泊まっていました。お邪魔した僕とラフカイを彼らは大歓迎してくれ、夜遅くまでたき火でバーベキューをし、お酒を飲みながら静かな森の中の一夜を楽しみました。談笑していると、時折ラフカイは耳をそばだて、森の中に走っていきます。きっとお腹を空かせたクマが、美味しそうなステーキの臭いに誘われ近くまでやってきていたのでしょう。そんな野生の気配を感じながら、ラフカイと過ごすひとときが大好きです。
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この旅で、おそらくもっとも静かで美しかった夕暮れ時。夕暮れ時といても、それはもう夜の11時過ぎのことです。この日は、昼間通り嵐に襲われ、夕方まで岸にテントを張って避難をしていました。ラフカイはそんな退屈な一日に飽き飽きしたのか、夕方近く、空が晴れ渡り風がやむと、カヤックの脇でこうして出発を待っているかのようでした。結局僕らはこの日、夜の11時過ぎに再び船を出し、朝陽が昇る午前4時頃まで河を漕ぎ続けました。いつもなら眠ってばかりのラフカイも、不思議な夜の河と森の気配に、ずっと遠くを見つめ続けていました。
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全長1800キロに及ぶマッケンジー河での人との出会いは、偶然以上の何かを感じさせます。この広大な原野に、僕らと同じ時、同じように旅している人に出会うとなおさらです。が、ラフカイは、そんな貴重な出会いであっても、自分のテリトリー(カヤック)に近づいてくる人には決まって吠えるのです(笑)。今ではそれほど、このカヤックと僕のテントエリアを自分の住処として、大切なものと思っているようです。それはある意味、とても頼もしいものでした。けれど何日か旅をともにすると、他人も仲間と認識するのか、別れるときには、必死に彼らの船を追いかけていました。
アラスカからやってきた2人のパドラーと過ごした数日は忘れることができません。ここマッケンジーと同じような原野に生まれ育った彼らは、動きにまったくムダがありません。そして何をするにもとても素早いのです。でも、夕食を終えた一日の終わりになると、こうして席を並べて、同じ夕焼け空をいつまでも長い間、一緒に眺め続けました。彼らはその先に、故郷のアラスカを思っていたのかもしれません。ラフカイはすぐそこまで近づいている故郷に思いをはせていたのかしら。僕は風来坊のように続く旅の果てに、いつか暮らす極北の住処を探していたのだと思います。
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アラスカの2人とともに、水を掻きラフカイの故郷を目指す最後の一日。真夏のポカリ雲が点々と空に浮かぶとても静かな日でした。崖に両眼を囲まれたランパーツ、この崖を抜けたところにラフカイの故郷、フォートグッドホープはあります。親兄弟もそこで暮らしていることでしょう。3年前、村で出会った人々は僕とラフカイのことを憶えていてくれているでしょうか。そしてこれから村でラフカイと過ごす、残りの夏、いったいそこには何が待っているのでしょう。ゆっくりとカヤックを漕ぎ勧めながら、そんなことを考え続けていました。
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