6月なかば、フォートプロビデンスからフォートシンプソンまで約250キロのマッケンジー河下り。友人多胡光純(写真家、通称ごっち)と僕たちに、イエローナイフで知り合ったケベック出身の女の子ルイーズと彼女の犬クローイが仲間に加わり、4人と2匹のカヌー旅行が始まりました。
文 田中勝之
写真 田中勝之、菊地千恵
夕焼け空の下、4人でせっせと折り畳みカヌーを組み立ていよいよ出発です。
昨年のマッケンジーの旅ですっかりカヌーに慣れたラフカイは、もうカヌーを見ても逃げ出したりしません。水にカヌーを浮かべれば僕らよりも先に飛び乗って、出発のときをしっかりと待っています。
白夜の川下りは、至極の世界です。真夜中ですら、地平線の向こうに沈んだ太陽の灯りで川面を進ことができます。また夜の河は風も止み、静寂に包まれ神秘の世界に変わります。北へ渡るギースが空高く飛んでいきます。
疲れたら岸に上がり、焚き火をし、暖かな夕食で疲労困憊した身体を休めます。焚き火を囲みながら厚いコーヒーを飲み、いつまでも夕陽に染まった北の空を眺めています。岸辺の砂浜にはムースやブラックベアーの巨大な足跡があったりして、自分たちが野生の世界の真ん中にいることを実感します。
ルイーズは楽しげな笑顔で彼女の犬クローイを見つめています。クローイの顔は数百カ所、蚊に刺されたのでしょう、眼や口の周りが腫れてまるで試合を終えたボクサーのようにボコボコです。僕らがそんなクローイの顔を見て大笑いしていると、寝ぼけ眼でクローイは僕らを見つめ返します。
どこまでも続く森、360度地平線と水平線に囲まれたマッケンジーの世界。平坦で単調なこの広大なマッケンジーの風景になじめない人間にとって、それは過酷な世界です。変化のない風景の中、毎日何時間もゆっくりとカヌーを漕ぎ続けるのは、どこか瞑想に似ています。
でも、いったんこの広がりを受け入れてしまえば、そこはなにものにも代え難い楽園に変わります。あらゆる事象は、見つめ方次第でどうにでも変わるものです。カヌーを漕ぐことも、釣りをすることも、焚き火を起こすことも、イヤだと思えばすべてが面倒で、ネガティブな思いの虜になってしまいます。けれどすべてを楽しもうと思えば、楽しめるものです。
顔を数百カ所、蚊に刺されたクローイ。まだ生後半年なのに、勇敢にも冷たいマッケンジー河をラフカイについて泳ぎ、カヌーを追ってきます。
はじめて自分の釣り竿で魚を釣り上げたルイーズは、子供のように大はしゃぎ。カナダで生まれ育ったルイーズは、カヌーを漕ぐのも慣れたもの。岸に上がれば、さっさと薪をブッシュから集めてきて焚き火を起こします。僕らの旅の共には最高の仲間です。
ゴッチは自分の背丈の半分以上もあるジャックフィッシュを釣り上げました。「岩のように重かったッス!」
釣った魚はもちろんすべて「キャッチ&イート」。どこぞのナルシストがやっていらっしゃるキャッチ&リリースなんて、極北の河ではナンセンス!ぜーんぶ料理して「いただきます!」。だからもちろん無駄な釣りはしません。僕らと犬で食べられる分だけ釣ります。
その地の生き物を食べてこそ、本当にその場所を感じることができるのだと思います。
ラフカイとクローイは僕らの横で、晩飯が釣ってくれるのをしっかりと見張っています。それでもクローイは待ちきれないのか、ときどきルアーに自分から食いついてきたりします(笑)。
マッケンジーを漕ぎ続けフォートシンプソンを目前にした8日目の夜、強風と雨で先に進むことができませんでした。真夜中を過ぎ、うっすらと空が暗くなった頃、やむなく急斜面の岩だらけの岸に上陸。シンプソンの町灯りを見つめながら、テントを張る場所もなく、僕らはそのまま岩の上に寝袋を広げ夜空を眺めて眠りました。
冷たい夜風が頬をなでていくのが、とても心地良く、身体は寝袋でポカポカ。
翌日、昨夜の嵐がウソのだったかのように、風はぴたりと止み、川面は鏡のように凪いでいました。シンプソンまで残り10キロ、僕らは最高の気分でカヌーを漕ぎ、ゴールしました。
さあ、いよいよツンドラのセロン川へ向かいます!